スカッとするメッセージ、頂きました

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    瀧本です。


    空港のラウンジから更新。
    実はあと数時間ある。フライトまで。笑


    早めに入り、ラウンジで仕事をするのは
    嫌いではない。むしろ望ましい。




    朝に更新したブログに沢山の反響。
    妙に多くの感謝の言葉を頂きました。




    ガツンと目が覚めた。
    いじけていた自分に嫌気がさした。
    コソコソしてる自分が恥ずかしくなった。
    できる範囲のことを堂々としようと思った。




    他、沢山のメッセージで興味深いのは、
    皆さん、お金に関する事でスッキリした!
    という内容だったこと。
    ほっほぉ〜〜。これは意外でした。




    その中の一つをシェアしたいと思います。
    ………………
    「先生、今日のブログはドンピシャに
    私の心を突き刺しました。気分爽快です。
    ありがとうございます!


    私は今、とても財布事情が厳しく
    何とかギリギリやりくりしています。
    それはそれで工夫のしがいがあるというか
    節約術を自慢できるぞ、と思うほどです。


    といいながらも、
    逆に自分で自分に溜め込んできたストレスがあり、
    その原因が先生のブログでわかりました。


    それは、友人達との割り勘の食事や
    まさに先生のブログにあった、タクシーなのです。




    みんなと帰る時は相乗りタクシー。そして
    一人づつ最寄りで降りる際、
    大まかな運賃をみんなが置いていく。


    私は最後に降りる立地なので
    みんなから預かったお金に、
    自分の家までの距離分を足して…




    とするのが理想ですが、
    私は友人に見えないところで、すぐに
    タクシーを降りてお金を浮かせていました。


    悪いことではないと思いますが、心はとても
    重々しかったのです。惨めでした。
    そこから歩いて帰るのは私の勝手。
    そう言い聞かせていました。心の何処かに
    大きな惨めさを感じながら歩いていました。


    でも先生のブログで分かりました。
    惨めな理由。
    お金が無いからではない。こそこそしている
    自分が自分を惨めにしていたということ。


    後ろめたくて、タクシーの話になると
    いつも心がチクチクして、
    楽しかった友人との食事の最後は
    いつもストレスを溜める自傷行為になって
    いました。


    実は今日、その友人達との食事会なのです。


    先生、言ってみます。
    いつも私が最後で、安く帰れていたから
    今日は全額出させてもらうね、と。


    (と言ってもわずか3千円ほどなのですが。笑)


    こう考えただけでも、今とても清々しいです。
    堂々としていられる、というか、
    コソコソしていない私でいるぞ、という
    喜ばしい感じなのです。


    宇宙は先払いの法則。与える法則。


    全く逆でした。
    笑顔も、言葉も全て与える法則ですね。


    今までのコソコソしていたのが晴天晴天です。


    カフェでコーヒーを飲む時さえ
    友人が多めに払ってくれたらな、とか
    思い出せば惨めな思考ばっかりでした。


    その思考にふさわしい人生になってました。


    そして、毎回参加できなくたっていい!
    そして参加した時は、
    与える、をやってみようと思いました。
    どんな心と出会うのか楽しみです。


    必ずやってみます。
    本当にありがとうございました。


    「お金がない時ほど、出せる分は出す」
    頂きました!
    …………


    読んでいるだけで気持ちいいですね!
    素晴らしい!


    割り勘タクシーで帰るのは、
    みんなが平均値よりお得になるもの。
    だからこの女性がどこで降りようがみんなお得。


    悪いことではなかったけれど、
    彼女自身がシンドくなっちゃうなら
    彼女の人生においては良くないことでしょうね。






    この、与える法則の事例対象は「モノ」
    だったけれど、最も大切な与える法則の対象は
    心のこと。




    やはり、
    ありがとう、
    ごめんなさい、
    おかげさまで、
    ごくろうさま。


    午後からもどっさどっさと与えましょう。


    布施行って奥が深いですね、ホント。




    それではステキな午後を。
    ……光静……


    笑笑。くつろいでます。


     

    おしょーにん * - * 12:31 * comments(0) * -

    「与える法則」のトリコになろうぜぇ

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      瀧本です。


      深夜2時過ぎにお説法。笑笑




      私は出張先のホテルでは
      必ずマッサージをお願いします。




      「お名前を聞いた時、びっくりしました。
      ひょっとして、この瀧本先生ですか?」


      と、ご自身の携帯を私へ見せてくれました。
      そこにあったのは私のブログのトップページ。




      あ、そーです。笑笑




      シャワー上がりで、
      髪の毛もタオルドライしただけの
      モッサモサ&スッピン&パジャマ姿。


      なんとも失礼な格好でのご挨拶となりました。
      ( ̄▽ ̄)




      お弟子さんのブログも読んでいます、とのこと。


      私が更新したブログを読んだ弟子たちが
      その内容を個々の思いで受け取り発信。


      彼女たちの素直な感覚により
      仏説に広がりがくわわっている
      読み応えのあるブログ。


      ミチコさん、
      レイコさん、
      ノンさん、
      キクエさん、
      としみさん、


      という名前が、初めてお会いした方の口から
      出てきたのは、ちょっと驚き。
      とても嬉しかった!
      (あなた達よ、すごいねー。)




      マッサージでお疲れをとられる時間に
      お仕事の話をしてすみません…と言われたけれど
      私としても大いなる喜び。




      「この世には与える法則というのが
      あるんですよ。」




      ゴッドハンドに癒されながら
      大宇宙の法則のお話をしました。






      宇宙には循環のプロセスがある。
      いつもここで書いている因果の法則だ。




      そして、さらに詳しく説明するなら、
      それには方向があるということ。




      宇宙は常に循環している。




      私は誰かと会うときは必ず何かを与えることを
      決意しています。


      何もそれは物のカタチを取る必要はなく
      褒め言葉や笑顔でもいい。
      祝福であったり、時には「注意」という
      カタチになるときもある。




      実際、最も力強いのはカタチのないもの。


      愛情や感謝は、我々が与えられる中で
      最も価値あるものです。




      愛情を与えることができた時に得るものは
      同じ大きさの愛情。




      労いの言葉を与えることが出来た時には
      同じ大きさの労いの言葉を得る。




      この与える法則によって得られるものは
      与えたものと同じもの。




      笑顔をあたえたなら、笑顔を得、


      感謝なら、感謝。


      実はこれ、お金も同じです。
      お金、というものも、お金を出す人へ
      必ず戻ってくる。




      ずいぶんと昔、こんなことがありました。


      先輩と出かけた時、あるハプニングがあり
      出先から戻る手段がタクシーとなり
      私は心の中で
      (タクシー代は私が払わせてもらおう)と。




      メーターは約2万円!!!
      正直、とても大きな金額です。




      (いや、いつもお世話になっているから
      ここくらいは頑張ってお支払いしよう!
      頑張れ、光静!( ̄▽ ̄))




      先輩、私に払わせて下さい!




      これを言えた自分に乾杯!




      その先輩はいわゆる「超」がつくお金持ち。
      タクシー代など屁でもない人。笑笑
      いつも何処へでもタクシーで行かれる。


      それを分かってはいたけれど、
      便乗精神とたたかって「私が払います」
      と言い、事実そうしました。




      お金に余裕がなかったあの頃
      2万円…大金だけれど、
      何かを節約すれば出せる金額…
      えいやっ!


      そんな感じでしたね。笑笑
      とてもよく覚えています。




      その数年後、先輩と再会。
      その時にこう言われ、身の丈ではない程の金額を
      お祝いに包んでくださいました。それは




      「覚えてるか?タクシー代のこと。
      タキちゃんからすればかなり痛い出費
      やったやろうに。
      循環の法則を知ってのことか?」


      当時の私には
      タクシー代に2万円を使うなんて
      あり得ない金額でした、ホント。笑


      何十万円にも匹敵する感覚。




      その何十万円、のお祝いを下さったんです。






      この「与える法則」は、実際に与えた分量
      ではなく、分量に対する感覚、つまり
      「頑張った度」が
      どうやら反映するように思います。



      宇宙は「先払いの法則」です。
      そう、「与える法則」のこと。


      因果には順番があるのです。




      無いから出さない、のではなく
      与えられる範囲で与える。




      この先払いの法則は
      常に正確に作動しています。






      ムカつくなぁ〜この人!


      と思っている人へ、こちらから出しにくい笑顔。
      睨みつけてやりたい!




      そこを頑張って出してみる!
      そう笑顔を。


      頑張って言ってみる!
      「おはようございます」




      喧嘩した相手へ頑張って出してみる!
      そう、ごめんなさいの言葉を。




      この「頑張った度」の与えた分だけ
      大きく得られるのはこちらです。




      いや、私こそ本当にごめんね、
      実は最近辛いことがあってさ…


      と心の内を知らせてくれるかもしれません。






      宇宙には、こういう
      「与える法則」が今も働いてる。




      =得たいものがあるならまず与える=


      この法則を知って以来、私は
      ならば与えられるモノがあれば
      ギリギリのところまで与える実践を
      やっちゃえ〜〜!与える法則、万歳!と
      ずっと意識し始めました。


      お財布に3千円しかない時は
      2千円だしちゃう。あとはどうにかなる!


      全部出してしまうこともありました。笑笑
      そうする、と決めたので迷いなし。




      今、フと思い出した松下幸之助さんの言葉。
      昔、よくデスクにはってました。書いとこ。笑
      「知恵を出せ!
      知恵の出ないものは汗を出せ!
      知恵も汗も出せないものは静かに去れ」





      「思うように人生って運ばれないですね。
      なかなか難しいです…」という
      マッサージ師さんの言葉から
      昨夜はこのようなお話しに。




      施術終了と共にお話も終わった時、
      「先生のブログで、笑顔が幸せの源、と
      学んでおきながら、

      笑顔で挨拶してくれてもいいじゃない?
      と反抗期の息子や夫に言ってました。
      勘違いもいいとこですね。

      結婚記念日に何も買ってくれない、と
      グチっていましたが、今年は私が小遣いで
      夫へプレゼントしようと思います。」


      決心して実践した分量に応じた幸せな空気感に
      きっと彼女は包まれると思います。





      私たちは宝物を沢山持っています。
      目、口、両手、心で
      沢山の宝物を表現できます。


      そして時にはモノ。

      道端の一輪の花でもいい。
      ほんの少しのお金でもいい。


      出し惜しみ、
      それはどうやら幸せから
      一番遠い心の働きのようです。


      自分をよーーーく観察すると
      宝物をいっぱい持っています。(^^)



      =明珠在掌=
      みょうじゅたなごごろにあり

      上記全貌を表現する言葉です。


      おっと。
      長崎空港への移動時間だ。
      ボチボチ出かけるとします。


      それではステキな1日を。
      ……光静……
      このブログを弟子たちはどんな風に
      感じ取って表現してくれるでしょう?
      お楽しみに。(^^)



       

      おしょーにん * - * 09:37 * comments(0) * -

      ご用心!50代でにじみ出てきてしまう!

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        瀧本です。


        昨夜のご質問。
        …………
        私は自分の全てが嫌いです。
        低い身長も、細い目も、太い指も、声も
        性格も何もかも嫌いです。誰にも言えません。
        いつも楽しそうで、綺麗な先生には
        絶対にわかってもらえないでしょうけど。
        美容整形をしても仕方がないですし。
        ふと、怒りと寂しさがこのような文章を
        書かせてしまうことを許して下さい。
        ………………
        さて、と。


        まず。


        先生には絶対にわかってもらえない……






        そうですね。
        絶対にわかりません。




        あなたがそう願っている限り
        私に分かるわけがないですね。




        ですから、今からあなたに向ける言葉を
        あなたが受け取ってくれるはずがないな、
        と思いながら私は書くことになります。




        なので、まず心を緩めること。
        「ひょっとしたら分かってもらえて
        ハッとする言葉をもらえるかも」と。




        その準備をしてくれたかな?との想いで
        続きの文章を書くことにします。








        自分のことを大嫌いでありながら
        人生を歩むのはとても苦しいことです。


        なぜなら、大嫌いな人が常に一番身近にいる
        ことになるから。
        お風呂に入る時も、布団に入る時もです。
        大嫌いな人と寝食を共にしているのだから
        堪え難い人生ですね。




        ショッピングも辛いでしょう。
        だって、大嫌いな人へ似合う服を選ぶのだから。


        上記は事実です。




        そして、自分を大切にして、愛している人なら
        愛する人と四六時中一緒にいることになる。
        なんと幸せなのでしょう。






        まず、このことを受け入れて。




        あなたは生まれた時は
        自分のことを愛していました。
        紛れもなくこの世で一番愛してた。自分を。


        それがいつしか


        目が細い、とか
        指が太い、とか
        背が低い…


        を嫌いになった。




        これは、いつの時から、誰かによって
        あなたの中に忍び込んだ
        「他人の言葉、意見」

        です。


        親だったのか、学校の友達だったのか。




        目が細いから、勉強ができない


        指が太いから、字が下手




        などといった、
        全く因果関係のないことがくっ付いて
        自分の人格を下げてしまうケースがとても多い。


        他人の意見です。
        それを自分だ、と思い込まなくていいのです。




        こんな言葉を。


        20代の顔…
        それは親を受け継いだ顔


        30代の顔…
        それは生き様があらわれた顔


        50代の顔…
        それはあなたの価値がにじみでる時




        世界のデザイナー
        ココシャネルの言葉です。


        この言葉と出会った時、まだまだ若かった私は
        50代なんて想像できませんでした、が


        (自分の価値がにじみでる顔っていうことは
        今の生き方そのものが顔になるのか。
        それはマズイ!)と思ったのを覚えてます。




        今、私は50代。私はどうだろう。




        最近、連日のように放送されるラグビー。


        コメンテーターの女性の言葉に感銘。




        どの選手も、ぐちゃぐちゃにぶつかり合って
        痛そうだったり相手をにらんだり。泥んこ。
        それらの顔が全て彫刻のように
        美しくみえてならない。




        仏教ではこう語ります。


        我々には仏性が宿る。
        我々が持つ命の本質。
        在り方、の本質がある。




        この仏性。つまり本質は
        表情ににじみ出てくるのです。


        表情として、作れるものではありません。






        遠い昔に誰かから聞かされた
        あなたへの不当な評価を、まだ信じて歩みます?




        目が細い人で、自他を心から愛する友達を
        私は持っています。




        指がびっくりするほど太いため
        結婚指輪の値段がかなり跳ね上がって
        皆で大笑いした友人を私は知っています。
        今も幸せに結婚生活をしています。




        声が低くて、女性なのに、いつも男性と
        間違われてた人がいます。
        それは私のこと。笑笑




        そう!
        人生は自分が決める。








        今、九州に来ています。
        昨夜はミシュランのお店にご招待頂き
        10年来の友人と楽しく会話。


        いい人相になったなぁ、と
        彼を横目に見ながら思ってました。
        何事も手を抜かない彼の生き様が仇となり
        色んな波を起こしたこともあるけれど
        それら全てを飲み込んだ、穏やかな人相。


        彼の価値がにじみ出てました。




        我々は知るべき。
        私たちが無意識に判断しているアレコレは
        以前、どこかで、誰かによって
        植えつけられた仮の価値観。


        未熟だった私たちは、
        他人の言葉を借りて、
        他人の価値観を借りて
        大人になってきました。




        でも、もう分別できる大人です。
        他人の価 価値観に合わせなくても
        生きられる力を持ちました。




        自分のことは、自分で決める。


        自分の価値は、自分で決める。






        さ、一声言ってみましょう




        私って
        まんざらでもないぜぇ




        って。( ̄▽ ̄)
        まず、ここからです。この一声が幕開け。
        毎朝言う。必ず心は変わり始めます。


        我々は身口意の三つの働きで出来てます。
        身による行い
        言葉による行い
        思考による行い




        このどれかからアプローチをすれば
        ほかの二つにも、時差をもって関係します。


        あなたの場合は、まず言葉から!




        つべこべ言わずに、やってみて。
        ほれっ!つべこべ言わない!


        それではステキな1日を!
        ……光静……




        メガネの話をしていたら大将がこんなお酒を。

        最後の〆飯!ヤバかった!

        おしょーにん * - * 10:28 * comments(0) * -

        「悩み」の解決方法は「悩まない事」(^^)

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          瀧本です。


          すぐに悩んでしまって決断出来ない時、
          どうすればいいですか?というご相談を
          昨日の懇親会で受けました。
          シェアしておきます。




          「悩む、とは、一つの趣味だよ〜」というと
          この一言で、ハッと気付いたご様子。笑




          悩みとは、
          どっちでもいいという言葉の

          代弁語だと解釈するとスッキリします。




          離婚しようか、でも、自分一人で生きられるか…
          決められない。




          転職しようか、でも、次の仕事が見つかるのか…
          決められない。




          こういう時は
          本当の「こうしたい」の答えにまとまっていくまで
          忘れておけばいい。




          悩みを終える、とは
          答えを出す、のではなく、
          (あぁ、今はどっちでもいい、と
          私の深層心理は思っているのだな。
          では、心がまとまるまで忘れておこう)
          と天秤思考を止めること。




          いずれ、本当に忘れてしまうか
          絶対にこうしたい、と思うか
          どちらかにまとまっていきます。




          頭で考えると、自分がどうしたいのかという
          「思い」ではなく
          「条件」で比較してしまいます。
          条件は環境と共に常に変化しているので
          いつまでたっても答えがまとまらないもの。






          転職をしたい、でも……




          と、まだ「でも」が心にでてくるなら
          考えることを止めること。




          何が何でも、
          食べれなくても、
          誰が反対しようが転職したい!


          このように心が究極に決まったなら
          行動すればいい。
          我々の頭は、中途半端な回答を好まないので
          忘れる。か、絶対にこうがいい!の
          どちらかの答えを、いずれ出してくれます。




          悩みがでたら、忘れる。
          心が一つにまとまったら、
          無意識が表面意識にあげてきてくれます。




          悩み、とは存在するものではなく
          心の遊びです。




          どちらでもいい、という心境なのに
          これは大きな悩みだ!と勘違いをして
          人に相談をして急いで絞り込んでも
          条件を前提とした決断であれば
          後から悶々としてしまうもの。




          無意識、という大きな力にお任せして
          答えを出してくれるまで
          私たちは忘れておけばいいのです。
          ベストタイミングになったら
          心はちゃんと教えてくれます。
          頭より、心を信じること。




          私の心が僧侶になろうと決めたとき、
          猛反対を受けましたが、
          頭の条件ではなく、心が決心してくれたので
          行動は加速しました。笑笑


          心の決心は、条件の入り込む余地を与えません。
          今回の命は、僧として法話を説き続ける。
          ずーーっと揺らがない。



          悩んだ時にすべきこと、


          それは




          悩むことを止めること!




          悩むことを止めると、
          今すべき大事なことが浮き彫りになってきます。




          仏教では、悩む状態を妄想
          といいます。
          そしてー悩みを止め、今に集中する。
          これを瞑想といいます。


          さ、




          とりあえず、忘れましょう。


          ベストタイミングな時、
          ちゃんと心はあなたに答えを感じさせてくれます。






          さて、と。
          今から九州に4日間ほど行ってきます。


          それではステキな1日を!
          ……光静……


          なんだかホッコリするイラスト。笑
          専属デザイナーのミィちゃんが
          たたき台でイメージしてくれました。


          私の法話CDのジャケットイメージです。







           

          おしょーにん * - * 10:28 * comments(0) * -

          決めつける心が現れたら、この言葉で撃退せよ!

          0

            瀧本です。


            夫婦問題、仕事、お金、病気、精神不安…


            カテゴリー分けしたらシンプルだけど
            各々に育った環境や触れてきた言葉が違うため

            毎日お預かりする多くのご相談の内容は
            1つとして同じものはない。


            夫婦関係のこじれ、というテーマでも




            私がダメな人間だから…


            夫が信用できない人だから…


            二世帯住宅だから…


            子供が出来ないから…


            姑とウマが合わないから…






            そして、その問題に至るまでの経路も様々。






            思うんです。


            自分という存在は宇宙に一人。
            相手も宇宙にたった一人。
            その二人の間で起こる問題なのだから
            解決策も宇宙に1つしかない。




            わーーぉ。




            宇宙にたった1つしかない回答を
            私が見つけてあげるなんて出来ない。


            これだけ相談業務をしてきた私が
            今更そんなことを言ったら
            マジー?と驚かれるかも。笑笑
            ( ̄▽ ̄)




            ぶっちゃけ言うと
            私は回答をお伝えしたことはないんです。




            だって、そんなの分かりっこない!
            その人だけの、宇宙に1つの苦しみですから。




            どうすれば夫婦関係が良くなるのか。
            どうすれば憎い上司とうまく付き合えるか。
            どうすれば自信がもてるようになるのか。




            そんなの、分かりませーん。


            ですが唯一言えるのは






            その決めつけてる事、
            本当ですか?



            ひょっとして違うんじゃない?



            と、新たな視点に立ってみると
            今まで悩み苦しんでいた事象が
            違ってみえるものです。




            凝り固まった固定概念はしぶとい!
            時間をかけて構築した「捉え方」は
            なかなか違う角度に変わってくれない。



            苦しみのほとんどは、この固定概念が犯人です。






            夫が憎い!なんでこんな人と…
            少しはいい加減、変わってくれれば…




            上司が憎い。私を評価してくれない…
            はぁ、世界一不幸な部下だわ、私…





            ちょっとまってー!




            では聞きますが、




            もしあなたが男性なら、
            今のあなたにプロポーズして
            結婚してくださ〜〜いって言う?
            僕の妻になってーって言う?




            絶対に嫌ですよね





            もう一個、聞いてみよ。笑

            あなたに「あなた」という部下がいたら
            その部下を高く評価します?


            君のような部下を持てて、私は幸せだよ、
            本当に君は素晴らいよって言います?


            絶対に言わない言わない!言うわけない。笑
            反対に


            お前なんかいらねーよ!

            っていうかも。笑笑






            少し視点が変わりましたね。(^^)




            今度は、その少し変えられた視点から
            見えてくるものがあります。



            さっきの
            「があなたが男性なら、自分という女を
            妻とするだろうか」=即答でNOでしたね?




            鬼嫁?
            思いやりがない?
            部屋が散らかる?
            文句ばかりいう?




            どれか当てはまってますね、きっと。
            全部ー!と答えた方も多いはず。




            そんな酷い女性を、あなたの夫は妻として
            今日も頑張っているのです。笑笑




            ほんの少しくらい感謝の心もでてきましたか?
            ながーい間、感じなかった感謝が
            ちょっぴり顔を出してくれます。




            上司部下の関係もこれまた同じ。




            変えるべきは、相手ではなく
            幸せに背を向けている捉え方を
            幸せ方向に変える、ということ。






            この言葉を生活の中に挟み込んで下さい。


            それは




            ひょっとして
            そうじゃないかもしれないぞぉ〜




            です。




            この「ひょっとして」は
            割とハードル低く心に入ってくれます。






            あの人、苦手なタイプだな!と感じたら
            あ、ひょっとしてそうじゃないかも、と
            語尾に加えてみる。
            すると、相手を見るポイントがかわります。






            こうだ!と決めつけている事があれば
            ひょっとしてそうじゃないかもな〜と
            呟いてみる。






            そうじゃないわけないやんかー!
            と、決めつけが強くて、なかなか視点が
            変わりにくい時もあるかもしれません。


            その心へのアプローチ法は
            瞑想クラスでお伝えするとして




            まず、やってみて下さい。




            悩みのタネや種類は人の数だけ。
            なのだけれど、解決への道は共有モノ。


            とすれば、実は苦しみの根底って
            同じなんだよってことです。


            それを分かりやすく説かれているのが仏教。
            是非ご一緒に。


            それではステキな1日を!
            ……光静……


            今夜、私の庵はスポーツバーになります。笑
            日本vsサモア戦だ!


            ユニフォームを着て観戦するぞぉ〜
            ワクワク


             

            おしょーにん * - * 08:44 * comments(0) * -

            =エイリアンのブログが面白い=

            0

              瀧本です。


              先程、キクエという弟子(通称エイリアン)
              がブログを更新。
              何度かここで紹介しているけれど、
              とても毒舌ながら面白くわかりやすい。
              恐らく本になりますね、彼女のブログは。

              エイリアンのつぶやき

              紹介したくてリブログしました。笑笑

               

              おしょーにん * - * 09:53 * comments(0) * -

              世界は全て「ただいまぁ」でできている

              0

                瀧本です。


                先日のブログに書いた言葉、
                帰家穏坐



                家の外の世界で、あれやこれやと思考し
                自分の役割を果たすよう努力し
                常に変化する世間に揉まれながらも
                しっかりと努められた時ほど
                戻ってきたときの安堵はとても大きい。




                大阪でしっかり役割を果たせていたからだろう。
                3日前、東京庵に着いた時、安堵があった。




                3日間で2時間講座を7本。
                それに加えて酒蔵見学ツアーという
                大人の遠足イベントもあった。(^^)
                チョイ激務だけれど心から楽しんだ。


                そして、今から大阪に戻るわけだが
                きっと大阪庵に着いたら
                (はぁ〜^ ^。ただいま〜。帰ってきたぁ)と
                大きな安堵に包まれるのだろうな。




                思います。






                どこに居ても、その場の
                今を味わい尽くして全力で生きれば
                移動先は全て「心の里」となって
                安堵感が溢れる






                最近、私は、庵にやってくる弟子を迎える時に
                「おかえり〜〜」と声をかけている。


                いらっしゃい、ではなく
                おかえり、の意味がこれである。




                みんな、頑張ってる。




                先日、庵に来て座布団に座った弟子が
                やっぱりここって落ち着きますね、と言った。


                もちろん、
                来てもらった時、心地よさを感じてもらうよう
                部屋はキチンと整頓し、香の香りも漂わせている。




                けれど、彼らが言う「落ち着き」は
                庵という環境が与えているものではない。



                彼らがやるべきことを終え、
                時間を確保して来てくれたケジメが
                自らを穏やかにしているのだと思う。


                そして
                庵に来た後、皆が再び家へ戻るとき
                各人の家が安堵の場になるよう
                庵での時間を存分に充実、楽しんでもらおう、と
                さりげない陰徳を私も常に考えている。




                こう捉えると
                全ての場所が癒しの場だ。
                生きた後の世界でさえ癒しの場だ。
                そしてそれは、その場での過ごし方で決まる。




                仏教に「涅槃」という言葉がある。


                お釈迦さまの死を意味すると同時に


                この上ない安らぎの境地、
                智慧が完成した究極の境地、を意味するのも
                これでわかる。


                ステキな場所、という
                物質的空間は単独で存在できない。


                そういう場所は「有る」のではなく
                今の過ごし方が作り出す創造物なのだ。




                ならば、家から一歩でたなら
                全てを感じて吸収して戻ってこよう。
                すると我が家は宇宙一、安堵の場となる。




                そして、今から出かけるなら、
                家事をしっかり果たしてから出かけよう。
                すると、出先が安堵の場だ。


                宇宙のどこへ行っても安堵の場だらけ!
                この世は自分に任されている。

                「ふぅ。ただいまぁ〜〜(^^)」と
                扉を開けた東京庵を離れ


                「ふぅ。ただいまぁ〜〜(^^)」と
                大阪庵に戻る。


                人生は「ただいまだらけ」。
                つまり、この世は何処へ行っても
                幸せのステージなんだな。


                そのさじ加減は自己責任。
                このシンプルで、かつ絶対的平等なシステムを
                忘れずに歩みたいと思う。


                みんな、
                庵へ来てくれた時の合言葉は
                「ただいまぁ」ですよー。笑笑


                それではステキな1日を!


                いつかあの世に移動した時、
                「はぁ、ただいまぁ!帰ってきたぁ」
                と安堵に包まれる生き方が、やっぱいいなぁ。

                ……光静……
                ご心配をおかけしています。
                昨夜投稿したFB。
                三角巾で腕を吊っている写真ごありますが
                大したことではないんです。


                右腕を伸ばしきると激痛が走るため
                中途半端に肘を曲げていないといけない状況。
                いわゆる「テニス肘」という症状です。


                腕って案外と重たいもので、たまに左手で
                右腕を持って歩いたりしてました。


                それすら疲れてくるので、
                三角巾でぶら下げてみるとチョー楽チン!


                骨折等ではありませんから御安心下さい。
                時間ぐすりしか方法はないそうですので
                たまに三角巾姿で登場すると思いますが
                気にしないで下さいませませ。

                こんな感じてす。笑笑


                 

                おしょーにん * - * 08:48 * comments(0) * -

                どの計算式がお好き?

                0

                  瀧本です。


                  とかく我々は足し算が好きな生き物。


                  いわゆる「計算」というものは
                  足し算の他にもあるのだ。




                  割り算、掛け算、引き算




                  仏教が推薦しているのはもっぱら
                  引き算である。




                  これがあれば幸せ、という「足し算煩悩」を
                  求める心を手放す、という「引き算煩悩」へ
                  シフトできる教えがてんこ盛り。


                  これこそ
                  我々の人生の最大の課題のように思う。


                  手放す





                  先日、電車の中で、大阪のおばちゃん達が
                  (私もとうに大阪のおばちゃん入りだけど。笑)


                  「食欲の秋やなぁ。また太るわ!」と
                  横並びに座っている人と話に花を咲かせてた。


                  相手の方が言った言葉に私はクスクスした。


                  「あのな、あんた、テレビショッピングで
                  やってたんやけどな、これ、買ってん」




                  とサブレのようなお菓子?を鞄から取り出して




                  これ食べたら痩せるんやで



                  と、食べてみ!と勧めてた。笑笑




                  痩せたいのに食べる( ̄▽ ̄)
                  ここにも足し算が働く。


                  食べたら痩せる??
                  その為にお金を使う??




                  食べなきゃいいんですよ、
                  大阪のおばちゃん達よ!
                  食べ物にお金を使わなければいいんですよ、
                  おばちゃん達よ!






                  仏教はとにかく引き算のみ。
                  これが幸せにつながる。




                  ごちゃごちゃした部屋ではなく
                  スッキリした部屋が気持ちいい。




                  思考も同じことだ。




                  自分を変えようと思ったら、
                  何を始めようか?と考えるけれど、
                  同時に思考すべきは、
                  習慣になっている何かをやめること。




                  仏教は「習慣の何かをやめる」という対象に
                  思考の習慣を指摘する。





                  ほとんど不要な思考ばかりに時間をとられ
                  大切な心はチリに埋もれてる。


                  さ、勇気を出して決断を。


                  これをしないぞ!という引き算の決断だ。





                  今、ランチ後のコーヒータイム?


                  一度、そう考えてみてください。






                  大阪のおばちゃん達よ、
                  痩せる為に食べる、というちぐはぐを
                  やめてみよう!笑笑


                  それではステキな午後を!
                  ……光静……






                   

                  おしょーにん * - * 12:48 * comments(0) * -

                  後で感じる安堵感が人生の物差し

                  0

                    瀧本です。

                    最近、帰宅した時に


                    はぁ〜〜


                    帰ってきたぁ〜〜〜〜


                    クゥ〜〜〜〜ッ


                    と大の字で伸びをする。
                    何とも言えない気持ち良さと幸せ感に浸る。


                    その時、いつも思う。




                    (いい生き方だぞ!光静よ!)






                    人は気分転換や、楽しみを求め旅に出る。
                    旅先で五感をフル活用し、
                    新たなモノを発見したり
                    新鮮な思考が生まれ、願わくば
                    連想して行われる日常の判断に
                    新たな解釈がもたらされのは
                    旅の醍醐味だ。


                    こういう旅の後の帰宅時には
                    出発前よりも、妙に我が家が
                    安心感を与えてくれる場所になっている。




                    だけれど、
                    旅先で充分な余暇を味わわず
                    目の前に広がる景色に心動かさず
                    日頃の思考に囚われたまま旅を終えると
                    心の変化など全くなく、久しぶりに帰った
                    我が家という空間も
                    何の変化も感じさせてはくれない。




                    家に帰った瞬間の感覚、つまり
                    玄関に入って荷物を置いた時の心が
                    どれほどの安堵感を感じているか。


                    ここが、外界での活動内容の質を計れる
                    貴重なタイミングだと私は思っている。




                    帰家穏座
                    (きかおんざ)



                    以前、飲食店の名前にするから、と
                    この言葉を書にしてほしい、との仕事を
                    受けたことがある。




                    帰ってきたぞー
                    安らぐなぁ〜




                    と、お店のお客さんが来店した時に
                    そう感じてもらえる空間作りを目指した
                    オーナーの愛情から命名。




                    外の世界で頑張った分だけ、
                    帰って来た時の喜びも大きいというもの。




                    仕事も、遊びも、旅も、何もかも
                    やはり本気で過ごすのがいい。




                    この言葉の真髄が指し示すのは
                    悟りの境地、精神的領域なのだけれど
                    私個人的には、
                    日常に引き寄せて味わいたいので
                    帰宅時の玄関を開けるときの心の感覚を
                    逃さずキャッチする指針にしている。


                    さ、
                    今日、仕事を終えた後の私の家は
                    どんな安らぎを与えてくれるだろう。
                    きっと大きな安堵で包んでくれるだろう。


                    それは、私次第だ。


                    ワクワクする!笑


                    はぁ〜〜


                    気持ちいい〜〜


                    と笑顔で伸びができるよう
                    全力で今日を生きようと思う。


                    それでは力強い歩みの1日を!
                    ……光静……



                     

                    おしょーにん * - * 09:26 * comments(0) * -

                    今の苦しさ、じっくり味わうが大吉!という教え

                    0

                      瀧本です。

                      今日の沢山の方のご相談を組み合わせて
                      まとめてみると、こういう内容に
                      なるように思いました。
                      …………
                      人の役に立ちたい、と願うものの
                      自分自身が苦しみから抜け出せない。


                      こんなままの自分では、
                      誰の役にも立てない…そう思います。
                      だから尚更のこと、虚しさを感じます。


                      まず、自分が幸せにならないといけない。
                      それは分かっているのですが……
                      ………………

                      こう考えてみてください。


                      もし、あなたが専業主婦をされていて
                      毎日の食事のメニューに心底悩んでいたら
                      「専業主婦」の方へ相談をするはず。


                      毎日の献立は、どうしているのか、と、



                      もし、あなたが経営で悩んでいるなら
                      経営で苦しんだ経験がある人へ
                      相談をするはずです。ね。


                      人の役に立つ、という、
                      素晴らしい自己の(あなたの)存在感は
                      「経験」という分母の上に
                      成り立つものだと思います。


                      であるなら、もし今あなたが
                      何かしらの苦しみや悩みの中にいるなら
                      それこそが財産となって、
                      他の方への道標になれる財産を養われている、?
                      ということ。


                      日夜の献立で悩んだ事のない人は
                      献立で悩む主婦の相談に、
                      のれるわけなどありませんね。



                      お釈迦さまは言われます。


                      汝の苦しい経験が
                      他の光となる。


                      であるなら、その「苦」は苦にあらず。


                      他を導く光である。






                      今、自分が苦しいのだから、
                      その苦が「他の光となる」といわれても
                      なかなかそう思考するのは難しいけれど。


                      けれども、間違いなくその苦しみは、
                      他の光へとつながる!
                      その通り!

                      うぉう!ステキです!



                      ん〜〜……のだけれど、

                      (やっはりーそんな風には思えないぜぇ〜〜)




                      でもいいです。いつか、この捉え方が
                      自分を楽にしてくれる日が来るかもしれない。


                      その時に採用してください。


                      今の自分に近づいてきた言葉は
                      今の自分には受け入れられなくても
                      心にダウンロードしておけば、
                      マッチする時に思い出してくれるものです。


                      後は個人的に話しますね。

                      今夜はこの言葉を受け取って。

                      それでは、また。
                      ステキな夢を!
                      ……光静……





                       

                      おしょーにん * - * 22:37 * comments(0) * -
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