少しの間、離れたり重なったり、ということ

0

    瀧本です。


    太陽が高くなると

    二輪の花の影がだんたんと重なってきますね。

    陽が南中に達するとぴったり一つに。

    そしてまた離れてる。


    我々の人間関係も、それに学んで

    そんな繰り返しがちょうどいいものです。


    心高揚して仲良くひっついたり

    時には距離あって自分を見つめる。


    それでいいのです。いや、

    それがいいのです。^^


    …………

    ご相談


    ずっと一緒にいたいと伝えたら

    大切に思ってはいるけど、息苦しい、と

    言われる。こんな恋愛ばかりなのです。

    …………

    今は影が離れているけど、

    もうじき、ひっついていきますよ。^^


    そして、また少しの間、離れるのです。

    日、高くして、花影(かえい)重なる





    おしょーにん * - * 08:17 * comments(0) * -

    コロナに負けるな<生中継のお知らせ>

    0

      瀧本です。


      ここ数日でコロナという響きを

      何万回聞いたことでしょう。


      瀧本も、今月の全ての講演会を延期

      致しました。仕方ないですね。


      けれど、こいうい時こそ



      サロンで生放送


      が活きてくる!


      本日、13時半くらいから、

      瀧本光静のお座布団大学、で

      講話をライブ配信いたします。


      オンタイムで参加頂ける方は是非ぜひ^^


      FBサロン会員さまの方への生放送に

      なりますので、DMMの会員さまには

      時差をもってお届けすることになります。


      お昼下がりに、


      ボケ〜〜



      っと視聴くださいませ。笑


      それでは後ほど。

      ……光静……


      テラスから撮影した写真です。

      向こう側のビルが解体されてますが、

      あの工事現場の前が、黄色いお花の妖精に

      であった場所。


      今では私の聖地です。笑



      おしょーにん * - * 12:27 * comments(0) * -

      利益、と御利益は違う、ということ

      0

        瀧本です。


        なんと読みます?



        「利益」


        恐らく殆どの方は、りえき、と

        読まれたのでは?笑


        これに「御」を付けるとどう?



        御利益



        あ〜ら不思議。


        ごりやく、になりました。


        利益追求の世界で生きる我々人間ですから

        利益=りえき、に見えても仕方ないですね。笑

        ……………………

        ご相談内容


        会社が倒産しました。そしてストレスより

        病気になりました。49歳です。

        信心深く生きてきました。

        今まで、御奉仕にも積極的に参加して

        寺院の仏事にも必ず参座してきました。

        御守りして頂けなかったということでしょうか。

        私は誰からも守ってもらえない…

        そんな風にしか思えず涙が止みません。


        …………………

        さて。

        どこからお話ししましょうか。

        面談の可能日をお返事しましたから

        ご確認くださいね。^^

        詳しくは個人面談でね。


        ここでお伝えしておきたい事、それは

        これだけお祈り、ご祈願したのに

        期待するほどのご利益がない、と

        考えるのは少しおかしな話しだということ。

        気持ちはとてもわかります。いつも

        清らかな心で手を合わされていたのでょう。


        ひとつ言えるのは、

        社会情勢に左右されるとはいえ、

        企業の利益は、専門家の方ならある程度

        先見的に計算できるものかもしれません。


        もちろん時には

        今、猛威をふるうコロナウイルスのような

        突発的な問題で大打撃にもなります。


        けれど、御利益、は違います。


        本来、御利益とは、

        手を合わせた見返りではないのです。


        どのような状況下においても



        今、生かされている



        という謙虚な心を知ることを意味します。


        手を合わせた分だけ「御利益」という

        何か見返りがある、と期待してしまいたい

        のが私達かもしれませんが


        取るべき行動をさせて頂ける

        「勇気」や「ご縁」そして「命」を

        今、頂戴していることこそ御利益。


        お会いしてからゆっくりお話しします。


        中途半端なお返事かもしれませんが、

        今、この時間に、

        あなたへ想いを寄せている者が一人いる、

        ということをお伝えしたくて

        ブログを更新しました。


        穏やかな時間を過ごされますように。


        ……光静……














        おしょーにん * - * 21:23 * comments(0) * -

        色んなカタチの愛を観る、ということ

        0

          瀧本です。


          仏教に、女人禁制という言葉があります。


          お釈迦さまの教団は、団体生活でした。

          朝から瞑想をし、お釈迦さまのお説法を聴き

          各々のカリキュラムで朝から晩まで修行。


          ステキですねぇ、瀧本もお釈迦様と一緒に

          暮らしてみたい…( ̄▽ ̄)笑


          さて、この「女はダメだ」という女人禁制。


          当時は多くの女性が出家希望をしていましたが

          教団はキッパリ断っていました。



          差別じゃん!!


          仏教は差別するのかー!



          背景を味わってみましょう。


          出家時の所持品は3つだけ。

          財産や私物は、全部家に置いてきなさい、

          というのがお決まりでした。


          (現在、財産は全て教団へ差し出す、という

          困った集団もありますね。汗)


          3つとは何か。


          1.糞掃衣(ふんぞうえ)3枚

          ※修行用の粗末な衣のことで

          着る用、着替え用、寝る時に敷く用の3枚。


          2.托鉢用のお碗

          3.つまようじ


          この粗末な荷物だけで日々を暮らします。


          さて、女性を仲間外れにして、

          「女は修行道場に入れてやんなーい!」

          と聞こえるこの言葉。ずばり言うと



          女性を守るため


          だったんです。

          若い女性が夜に布一枚を身につけて

          林や道端で眠っていたらどうでしょう?

          ちょーキケン過ぎます。


          いくら修行僧とはいえ、若い男性も

          いたことでしょう。人間とは弱いもの。


          女性を守る環境が粗末であったため、

          守るために禁止したのです。


          この背景を知ると、教団の素晴らしさが

          更に温かく伝わってきます。

          ……………………

          ご相談


          イベント会社に勤務。新たな企画がある中、

          自分にだけTEAM参加の声がかからない。

          差別を受けているとさえ感じる。

          「もう私は不要ですか」と問うても、

          そんなことではない、の一点張りで。


          確かに深夜作業や力仕事もあるが、

          それほど大したものではないのに。


          プライベートでも、君は手伝わなくていいから

          と、弾かれることがよくあり、

          私は仲間から愛されない人間なのか?と。

          どう捉えればいいのか言葉をください

          …………………

          瀧本の個人的なお話を。

          実は、私、アメフトチームに入っていたことが

          あります。チームはオッサンばかり。笑

          私の立場はマネージャーでしたが

          何を血迷ったかプレーしたい!と練習に参加。

          男性でも練習中に肋骨を折るような練習です。


          結果、どうなったと思います?


          みんなが、まるで「お遊戯」のように

          ふゎ〜とボールを投げたり、体当たりではなく

          手押し相撲のようなゆる〜いタッチ…


          つまり



          大迷惑!( ̄▽ ̄;)



          すぐに練習から抜けました。

          ほんと、アホです。笑笑

          このエピソードは極端でしたね。


          さて。

          会社など、他人が集まり結果を狙う集団なら

          個人の希望を取り入れるのではなく

          経験値の高い人が適任を配置するのが当然。


          じゃあ、自分の希望を聞き入れて

          もらえなかったらどうするの?

          グチの一つも言っちゃだめなの?



          言うのではなく「見抜く」



          何を見抜く?


          自分が何を身に備えれば

          安心して任せてもらえるのか、を見抜く

          ということ。


          仏教にこういう言葉があります。


          未在(みざい)知る


          未在とは、

          まだまだ学ぶべきことがある、という意味。

          自分が未完成であることを知る。


          我々は、ある一定値の経験を積むと

          その分野に対して

          何でも知ってる、分かってる、と思いがち。


          慢心が顔を出してくるからです。


          優秀なリーダーは、それらも含めて

          人材配置をするものです。


          お釈迦さまは、熱心に欠かす事なく

          日々学んでいた女性信者でさえも

          出家を認めなかったのも納得しますね。


          お釈迦さまは、

          教団側のセキュリティの未熟さを

          ご存知だったのです。


          これ以上の説明は不要ですね。


          今一度、あなたの上司の気配りの細部を

          熟考してみてください。


          「私は不要ですか」とあなたが詰め寄っても

          そういうことではない、と言われたこと。

          そこに答えが浮き彫りになっているように

          私は思っています。


          さて、と。

          今日は恵の雨ですね。


          あの黄色いお花の笑顔が浮かびます。


          それでは素敵な一日を!

          ……光静……





          おしょーにん * - * 09:51 * comments(0) * -

          とっても不思議で素敵な話し

          0

            瀧本です。


            今朝のこと。

            今日は3キロだけ走ってきました。


            シャワーを浴びた後、ウォーターサーバーの

            水を切らしているのを思い出し、

            次の配達日までのお水を買うために

            近くのコンビニへ。


            帰り際、何気に立ち止まって


            (人間って、モノを造っては壊し、

            壊しては造るんやなぁ)


            と、ビルの取り壊し現場のむき出しになった

            鉄骨を眺めてました。


            その時のこと。


            中学生くらいの男の子が、道路の向こう側から

            「あのー」と声をかけていました。


            ん?私へ?

            周りには誰もいないから、私への声か。


            私が自分を指差して「私?」と合図をすると

            二車線を挟んだ向こう側から


            「おかげで明るくなりました。

            すごく気持ちいいですぅー」

            笑顔で手を振ってる。


            へ?なになになになになに??


            もう一度、周りを見渡しても私しかいない。



            誰だこの子は???なんだ?


            意味わからずのままでしたが、

            ま、とりあえず返事しとこ、と思い、

            まるで山の上からヤッホーと言わんばかりの

            感覚で



            「えーーと。( ̄▽ ̄;)

            それはよかったやーーん!」


            と手を振って返しました。笑笑

            (ブログの読者かな?)



            うん!と頷く男の子。



            (何のことか知らんけど、よかったらしいから

            良かった良かった)と思いながら


            じゃね、と家方向に歩き出したけど

            やはり何となく気になったので、すぐに

            振り返ってみた……すると



            誰もいない…



            えーーー……




            消えた……?



            呆然。



            さて、頭をフル回転。

            何かのメッセージ。なんだろう。

            ずーーっと考えてました。今まで。

            かれこれ4時間。




            あ!あの子か!




            分かってしまいました。




            今日、ジョギング中のある出来事。

            いつものように公園に寄り、

            鉄棒があるので、それを使ってストレッチ。


            その時、いつも気になっていたことが。

            それは、ヘルメット。

            古いヘルメットがずっと置かれてたんです。



            誰かの忘れ物かな?と

            あえて触れず、放ってたけど

            今日の私の心はゴミだと判断。

            きっといつもより大きなゴミ袋を持って

            走ってたからかもしれない。


            これ、捨てますよぉ〜と小声で言って

            ヘルメットを持ち上げてみると、

            なんと、その下に小さなお花が。

            ヘルメットのドームの中にずっと居た。


            わぉ、真っ暗やったね、今まで。

            ごめんねぇ、気づかなくて。


            と、チョンチョンっと触って

            ヘルメットを持って帰って捨てました。


            黄色い小さなお花。



            道路の向こう側にいた男の子が着ていた

            トレーナーは黄色。


            きっと、あの子。


            花の妖精。


            「おかげで明るくなりました。

            すごく気持ちいいです」



            涙がポロポロ。


            よかった。

            真っ暗やったもんね、ずっと。


            もう一度会いに行こうかと思ったけれど

            やめておくことにしました。

            心で感じることで十分。


            その代わりに、バルコニーに咲いている

            お花をチョンチョン触って

            お前たちはここで咲いていて幸せか?と

            会話しました。


            私達は繋がっている。


            どんな小さなことも、全て繋がって

            関わり合って生きている。


            大空を見上げて深呼吸。そして

            なんだか、ありがとう、を繰り返した。


            さて、と。

            今日はラジオ収録だ。

            このエピソードを話してこよう。


            それでは素敵な一日を。

            ……光静……




            おしょーにん * - * 11:21 * comments(0) * -

            出口を探さない迷路ゲームもあり、ということ

            0

              瀧本です。


              突然ですが、身長ほどの壁で作られた

              迷路ゲームを歩いたことってあります?笑


              何分以内に脱出できるか!というルールが

              あるヤツです。


              瀧本、すごーーーく大好き、なのに

              他人いわく超不向き、のようです。


              以前、とあるイベントで友人と

              巨大迷路にチャレンジした後に

              鬼の形相でこう言われました。

              「二度とアンタとは迷路に参加しない」


              それは何故か。理由は



              道中を楽しむから



              壁は、無機質なものではなくて

              ユニークな壁画が描いてあるんです。

              「わぁー、見てごらん、これ!

              配色がいいねぇ。すげぇ!」


              とか、

              角を曲がる度に感心して立ち止まる、という

              迷路チャレンジャーとしての戦闘力はゼロ。

              むしろ美術館と勘違いしてるかのような客人。


              賞金がかっていた為、後からめちゃ

              おこられました。( ̄ー ̄)

              (※割と最近のことです。(^^;;)

              ………………………

              <ご相談>

              自分は何がしたいのか、一体どこにいるのか

              わからなくなる時があります。

              見つけるために、勉強会に行ったり

              本を読みあさったりしますが余計に迷妄。

              SNSに幸せぶった投稿をする自分に

              ほとほと呆れます。

              ………………

              事実、道に迷うと、

              地図で現在位置さえ指せなくなることって

              ありますね。


              心の迷い、悩みも全く同じ。



              仏教の言葉に



              迷倒自纏


              めいとうじてん


              ってのがあります。


              これは、迷いから脱するために、

              あれやこれやと考えれば考えるほど

              結果的に


              出口の無い迷路


              に自分を追い込んでしまうような

              状態のことです。



              この「出口のない迷路」

              もし本当にそんなものがあるなら

              よく考えてみると、「入り口」から入ったわけで

              とすると、出入り口は一つ。



              戻ればいいんだぜ



              九州に講演会巡業をした時のこと。


              ラーメン屋と焼肉屋が並んでました。



              昼食をどっちにするか。

              九州ラーメンもいい、焼き肉もいい。


              んーーーーー


              えーーーーー


              散々、皆で悩んでイザ!ラーメン屋に。



              すると、なんと



              店内は一つだった


              めちゃ笑けました。

              ラーメン食べながら、肉も焼けるやーん!


              結果、ラーメン屋に入って

              焼肉屋から出る、みたいな。笑笑 

              ちょっと話しがそれましたね。



              つまり、八方塞がりと思ってしまうと

              些細なことも不安になります。


              じゃあ、迷路から抜け出す方法は?



              戻る



              つまり、目標を見直す、ということ。


              間違ってはいけないのは、戻る、引きかえす、

              は諦めではなく、賢明な


              手段だということ



              そもそも迷子とは、

              行く場所がわからないのではなく

              元いた場所を見失った状態。

              どこから来たのか分からない状態ですね。


              ご相談の人へ。

              何かのきっかけがあって

              このままじゃいけない、何か勉強しなきゃ

              と思い始めたのですね。

              恐らく比較の原理が根底にあるはず。


              じゃあどうしたら?



              まとめて捨てると決める


              「そんな時もあるよねぇ〜」


              で、おわりです。



              後は諸行無常の世に任せる。

              勝手に心は入れ替わっていきます。

              その苦しい心が続いているのは

              あなたが食い止めているからです。


              出口ばかり探していると、

              周りの景色がみえません。


              人生そのものが迷路


              なのですから、ゲームと思って

              楽しむのがいい。


              入り口に戻るもあり!


              壁に穴をあけるのもあり!


              落書きするのもあり!




              人生は迷路ゲーム


              迷うから迷路ゲームは楽しいわけで、

              スラスラと通り抜けられる設計だと

              反対にクレームを言いたくなるかも。笑笑 


              迷わないじゃん!


              みたいに。笑



              さ、楽しく迷いましょう。

              ステキな壁画がたくさんあるものです。



              迷倒自纏


              =めいとうじてん=

              迷いに迷って自分を纏ってしまうこと(まとう)

              にならないように。ね。^^


              それではステキな1日を!

              ……光静……

              みなさーん、

              先日お伝えした、世界一のカフェ



              森沢カフェ!


              本日発売ですよー!


              帯の説明が素敵すぎる。


              ハッピーの花束みたいなエッセイですって!

              やばいです。

              迷路ゲームに疲れたら、これを読む!笑

              それで脱出できる。簡単だー!わーい!



              とすれば、必死に書いたこのブログは

              なんだったんだぁーーー?

              うーー、迷ってきたぜ……笑











              おしょーにん * - * 08:59 * comments(0) * -

              不安を持ったまま安心する、ということ

              0

                瀧本です。


                はてさて、不安がない状態を我々は

                実現できるのでしょうか?


                不安解消法のコツは、 

                ここでも多く書いてきました。

                お釈迦さまも山ほどの智慧を残されています。


                なぜ山ほどの教えがあるのか、

                それこそが答えですね。(^_^)


                一時的に軽減させることはできても

                不安を根こそぎ消滅させることは

                無理だからです。( ̄ー ̄)



                えー、そんなん辛いじゃん(T . T)


                唯一の解消法は


                =不安という心理が

                どこからくるのかを知ること=


                すると


                不安なまま安心できます。


                さて、見てみましょう。どこからくるのか。


                それはズバリ


                [不安は、何かに期待をした時に

                もれなくセットで生まれる]


                ということ。


                長生きしたい、と思った途端に

                病気になったら…と不安が生まれ


                愛する人と出会った途端に

                別れたくない、と不安が生まれ


                駆けっこで優勝したい、と思った途端に

                ずっこけたらどうしよう、と怖くなる…


                瀧本は子供の頃は運動会で常にアンカー

                だったので、運動会は楽しみよりも勝負の世界。

                前の日の夜は緊張と責任で眠れなかったですね。

                学校が燃えてしまえ、と思ったことも。笑


                ビリを自負してた斉藤くんは

                とても楽しそうでした。

                つまり


                不安は希望と大の仲良し


                なのに、希望だけ残して不安を消そうと

                イジり倒す努力は不可能というもの。

                まるで雪だるまを転がしてることと同じ。

                不安はモリモリ巨大化していきます。


                「考える」という作業が

                全ての答えを導く、と過信してはダメ。


                正面から向き合わない方がいいことも

                あるのです。それがこの「不安」


                じゃあどうするのさ?




                放っておく


                これだけです。


                不安は、次の不安を見つけ出し、

                手を取り合って群生化する習性があるので

                下手にイジくり倒さない。放置プレーする。


                仏教からすれば、不安は風邪と同じ。

                誰もが簡単にかかってしまう病です。


                ここで間違ってはいけないのは、

                不安に対して打つ手がないのではなく


                「放っておくという実践」

                をする。



                私は

                (あ、私、不安を抱いたな。)と気がついた時


                何に対して不安なのだろう…の方向ではなく


                何に期待をしたのかな?^ ^

                と反対を見つめるようにしています。


                どうせ消さない不安なら、

                眺める景色は好ましい方を見て楽しむ!


                しかしながら、この好ましい景色さえ

                幸か不幸かすぐに移り変わっていきます。


                お釈迦様がいわれた「放っておく」の意は

                諸行無常の世に任せる、ということ。


                さ、

                もし今、何か不安を持たれているなら

                その反対側を味わって、そして

                消えゆくまで楽しんでください。



                不安のままで安心!


                お試しあれ。^^


                さて、と。出かける準備しなきゃ。

                心だけはウイルスに侵されるないように

                仏法というマスクをお忘れなく。


                それでは素敵な一日を!

                ……光静……




                おしょーにん * - * 09:28 * comments(0) * -

                意味を問いたければ今をみる、ということ

                0

                  瀧本です。


                  ここ数年、色んな「意味」の質問を受けます。



                  ・勉強する意味を教えて下さい。


                  ・なぜ苦しみながら会社へ行く必要がある?


                  ・喜びが無いのに生きる意味は?

                  等々…


                  お釈迦さまのご意見をお借りして

                  瀧本なりに表現します。


                  長年、相談業務をやってきて思うこと、

                  それは



                  真面目な人ほど、

                  意味を求めすぎる


                  ということ。


                  こんなはずじゃない、これではいけない!

                  何かもっと違うカタチがあるはず…と。


                  そう捉えてしまう時の我々の心の在り方には

                  共通点がありました。それは、



                  時間軸が「遠い未来」


                  ということ。



                  例えば、勉強。


                  勉強をする意味は、ズバリ、

                  「知らない事が多いから」

                  以上。



                  加筆するなら、

                  「知らない、よりも知っていた方がいいから」

                  笑笑


                  それでも勉強する意味は何?と

                  と考え込む時の共通点は


                  勉強したら、

                  いい大学に入れる

                  いい仕事につける

                  安定した将来になるか?


                  と、

                  「現実」から離れた「未来」へ

                  不確かな結果を期待して、

                  そしてその結果、「今」を困惑している時。

                  そうなる保証などないのに。



                  ・勉強する意味を教えて下さい。


                  知恵がないから


                  ・なぜ苦しみながら会社へ行く必要がある?


                  生活にお金がいるから


                  ・喜びが無いのに生きる意味は?


                  心臓が動いてくれてるから



                  自分の行いの理由が

                  今の行為そのものと紐付いているなら

                  全てがとてもスムーズ。


                  登山家の名言通りですね。

                  なぜ登るのか。山があるから。笑


                  なぜうどんを食べるのか。作ったから。笑


                  なぜ服を着るのか。寒いから。笑


                  なぜお化粧をするのか。シミだらけだから。笑


                  なぜブログを書くのか。書きたいから。笑


                  なぜ仏教を学ぶのか。お釈迦様が好きだから。


                  究極は

                  生きる問いに対してもこの程度でいい。

                  大自然の法則に沿って考えたらとてもシンプル。



                  何かの意味を探したくなった時

                  探す、のではなく気付くこと。


                  あ、自分は今、

                  何かに囚われているな。

                  不安要素はなんだろう?


                  と気付くこと。


                  探したくなる意味、と

                  囚われている要素は関連性がない場合が

                  多いように思います。


                  それともう一つ。

                  落ち込んだり、イライラするのは

                  実は自分の評価が高いとき。

                  低いときではありません。^^



                  他人から誹謗されたり、本当にバカだよね、と

                  言われたらこう言いましょう。



                  えー?

                  なんでバレちゃったの?

                  必死で隠してたのに〜!笑


                  ともあれ、何かの意味を求めたくなったら



                  目の前の現在そのものを

                  答えとする


                  そうすると、全てにつじつまが合って

                  スッキリするはず。


                  さて、と。

                  今日もバタバタの1日の幕開け。

                  丁寧にこなしたいと思います。


                  それでは素敵な一日を!

                  ……光静……


                  なぜバタバタするのか。


                  えーーーっと。



                  なんでやろう〜汗










                  おしょーにん * - * 07:57 * comments(0) * -

                  =世界一のカフェが誕生=

                  0

                    このブログに何度も登場している

                    私の大切なお友達であり、優しさが滲み出る

                    大人気作家の森沢明夫さんより


                    こーせーさん、実はね

                    僕、新しく「森沢カフェ」っていうのをね…


                    と連絡を頂いた瞬間に、早とちりの私は

                    (おぉ!森沢さん、カフェを出したのねー!

                    こりゃ常連にならなきゃ!)


                    と、ワクワクしたら

                    それよりも素晴らしい吉報でしたよー。




                    森沢カフェ



                    という新しい新刊を出されたとのこと。

                    森沢ファンには大事件ですね。


                    「ちょっとだけ、こーせーさんのことも

                    書かしてもらったよ〜」ですって!


                    なんとも光栄なこと。

                    森沢ワールドにちょこっとお邪魔させて

                    頂いたみたいで。わーお。


                    先程、受け取りました。

                    (※3月5日に発売だそうです)


                    ペラペラっとめくった時点で、このブログを

                    すぐ更新し始めたので、詳しく書けませんが

                    森沢さんの全てが詰まってる感じ。



                    なんでこのタイトルに?と伺うと



                    カフェでほっとしている

                    ような感じで読んで欲しい。

                    そう思ってね。


                    このコメントで、すでにほっとしますね。


                    ポケットサイズなので、

                    それこそカフェに持ち込んで、

                    カフェにいるようなほっとする心で

                    読んじゃった日には、

                    日頃のストレスはぶっ飛ぶ予感!



                    今日の仕事が一段落したら、

                    今夜はこれで疲れを取ろうと思います。

                    片手にはコーヒーよりワインになりそ。笑

                    ワクワク


                    潮出版から絶賛発売中!858円


                    全国でお話し会も開催されてますから

                    みなさん、ぜひ森沢ワールドに

                    引き込まれてしまって下さい。


                    抜け出せなくなくからご注意を。


                    楽しみが設定されちゃったから

                    仕事がサッサと片付きそう〜。



                    それでは素敵な夕暮れを!

                    …光静…


                    昨日、105歳の私のおばあちゃんが

                    素敵な105年の地球旅を終えて

                    我々の実家である大宇宙へ

                    先にお帰りになりました。^ ^


                    沢山の名言を残して。


                    明日、記事を書きますねー。


                    今夜は森沢ワールドでっと。







                    おしょーにん * - * 16:43 * comments(0) * -

                    自分へ耳を澄ます、ということ

                    0

                      瀧本です。


                      お釈迦さまのお言葉を書きたくなって

                      筆をとった。


                      「悪を犯す時、

                      無知な人はそれが赤業だと気付かない

                      しかし自らの行為によって

                      智慧のない人は

                      火傷したように苦しむ」



                      苦しいな、辛いな、と感じる事があったとき、

                      あの人が…、

                      あの事が…、

                      と犯人を捜すのがクセになってる我々に

                      釘を刺すような厳しい言葉。


                      でも、

                      ひょっとしたら意味があるのかも?

                      これによって何かに気付け、と

                      メッサージがあるのかも?、と

                      傍観してみると、必ず学びがある。


                      冷静に自分を客観視すると、

                      訂正すべき自分の行いが浮き彫りになる。



                      ある方へ向けて更新しました。

                      このお釈迦さまの言葉によって

                      導かれて頂ければ…と。


                      抽象的な記事になりましたね。


                      でも、届いていると信じています。

                      ……光静……








                      おしょーにん * - * 22:40 * comments(0) * -
                      このページの先頭へ