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全ては一点に向かっている、ということ

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    瀧本です。


    今さっき、新大阪へ行くため電車に乗った。
    いつもはタクシーでいくけれど
    何となく電車にした。


    タイミングよく割と空いている電車がきて
    (はぁ、涼しい〜)と一息ついた時
    扉が閉まりかけているところへ
    スライディングさながらに、汗だくのオジさんが
    飛び込んできた。


    両手を膝にあてて、ゼーゼーやってる。笑




    「クソっ!もう一本前のに乗りたかったのに!」




    と、心の声が口から突いてでてる。笑




    「あぁ!もうっ!」と膝を叩いた反動を使って
    やっと身体を起こしてつり革を持とうとされた。


    その時、私がすでに掴んでいたつり革に
    手を入れてこられたので、


    あ、どうぞ!と私が隣のつり革へ
    手を引っ越しさせた。


    (おぉ!朝から床座施ができちゃった!
    ありがとう、おじさんよ!)


    と思った………はずだった。笑




    私も日頃から心の声が外界へ出やすいタイプ。
    言葉にして言ってしまった。笑笑




    え?と目があったおじさん。




    一本後の電車になったのは
    きっとその方がいいことがあるからですよ、
    と私。


    「いやぁ、いいことなんて、そうそう無いですわ」
    と汗を拭くおじさん。だが、ここで会話が終わらず


    「お姉さんが言った、しょう??って何?
    お礼を言ってたけど。」




    (おぉ!聞き取っておられた!)




    私は、サクッと布施の話と、
    それがあなたのお陰で実践できたので
    お礼を言ったことを説明。するとおじさんが




    へへぇー!
    凄いなぁ!その考え!






    と車内に響き渡るほどのリアクション。


    日傘を落としそうになった!
    マジ、びっくりした。笑笑




    新大阪まで一駅なので、この会話の分量が
    説法の限界だった。




    「ね?一本後の電車でよかったでしょ?
    今日から意識して下さいよ、床座施!」




    と、私が手を振って電車を降りると
    なんと、おじさんも新幹線にのる予定らしく
    一緒に降りて、先程お別れした。




    人生を区切って、あるシーンだけを切り抜いて
    意味付けしてはいけない。




    以前にも書いたけれど、
    どうも私たちは、望まない事象を切り抜き
    それに対して、嫌だ、腹がたつ、悲しい
    と意味をつける。




    楽しく感じることや
    幸せを感じている時は
    あなたと出会ったお陰で今がある、とか
    あの経験が今に役立っている、と
    前後の流れを意識できているのに。





    だから仏教は言う。




    臨終から遡って今を見よ




    幸せな臨終、をしっかりイメージできていると
    今起こっていることは、
    全てそこへ向かうために必要な事象として
    経験していく。


    意味付けは自由だ。




    ところが、
    どうせ自分なんて幸せになれない、
    と思っているとするなら、
    目の前に連続するあれこれは、その


    どうせ幸せになれない


    ということを、まるで証明するような
    出来事として意味付けしてしまう。




    そう。意味付けは自由!




    さ、どんな臨終を設定します?


    やっぱり幸せがいい。


    それをしっかり定義して
    目の前のことを見よう。




    おっと、サンドイッチを食べないと
    名古屋に着いちゃう!笑笑




    それではステキな1日を!
    ……光静……




    今日は10時から名古屋で法話会。
    東京は、夕方から。
    明日は二本、講演会するよー。
    お時間があれば是非。(^^)





     

    おしょーにん * - * 09:13 * comments(0) * -

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