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特に3本目の柱が肝心、ということ

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    瀧本です。

     

    同じ胸中の人がおられるだろう、とシェアを。

     

    数日前、私のビジネス時代の部下から

    「逢いたいです。

    どうしてもあなたに逢いたい・・」

    と奥行き深い波動のメール。

    何年ぶりだろう・・・懐かしい。

     

    彼女のことは営業社員として採用。

    彼女の取りつけたアポイントに

    何回も同行したな〜(笑)


    契約が決まり、契約書を震える手で仕上げ

    翌朝の朝礼でキラキラした目で発表してた。


     

    課長まで昇りつめて寿退社。

    目に入れても痛くない部下だった。

     

     

    今日、電話をした。

    私だと分かると涙声になって挨拶をする。

     

     

    胸中の苦はザっとこんな感じ。

     

     

    彼女は女性雑貨を個人で作成、

    営業販売をしている。

    10年を経て女性の心を掴み、

    大手デパートに出店が続々決まりだした。

     

    いよいよエクスパンション!一気に市場へ!

    の矢先に心の勢いを崩壊する出来事が。

     

     

    彼女には慕っていた鑑定士がいたという。

    家相や前世を見て運勢を鑑定するようだ。


     

    心に迷いがあるときにアドバイスを受け

    それ以来、何かと相談をするように。

     

     

    お釈迦さまはそういう類の占いや鑑定を

    絶対にお認めにはならないけれど

    私は少し受容する一面がある。


     

    ご本人がそのアドバイスにより吹っ切れたり

    心軽やかに次に進む突破口になるなら

    「一時的」には有り、な時もあるか、と。

     

     

    ところが、

    普段から友好関係にあったからか

    何気ない食事の場にても、事細かに

    指導が入り始めたという。


     

    あなたがこれをすれば、あの人が不幸になる。

    あなたはこれをしてはいけない。

    あの人の幸せを奪いたくなければ、

    こういう行動は慎むべきである、等々・・。

     

     

    いつしか彼女の人生がジャックされ

    本人も指導に従いながらも

    どこか違和感を抱きはじめていた。

     

     

    そしてある時から急に関係が悪化。

     

     

    メールをしても突然に返事が途絶え

    鑑定士を含む小さなコミュニティの中で

    彼女は疎外感に苦しむようになっていった。

     

     

    小柄ながらいつもパワフルで

    キュートな笑顔を絶やさない彼女。

    営業時代も社員から慕われ愛されていた。


     

    結婚後も周りとうまく調和し

    多くの友人に恵まれてきた彼女が

    自分でも想定外のショックと失望で

    不眠症にまでなっていた。

     

     

    私の夢を見たという。

    「ごめんな、沢山の人が待ってるから

    あなたと面談をすることはできない」と

    私が背を向けて消えていく夢。

    彼女は私を追いかけ名を呼び続けて

    目が覚めた、と。


    (夢とはいえ、

    なんと冷たい私でしょうか。汗)

     

     

    他人ごとではない。

    我々は何かに依存しながら

    バランスを保つ傾向がある生き物だ。

     

     

    以前、方位学の師を持つ人と面談予約をした。

    ところが、日時の変更依頼が何度も続き

    私は「困っている」とハッキリ伝えた。

     

     

    すると、

    その日はその方角には行ってはいけない、と

    その都度、師匠が止める、という。( ̄▽ ̄)

     

     

    こういう人もいた。

    玄関までは来たものの、家に入らない相談者。

    なぜなのかと問うと、赤い絨毯の部屋に入ると

    運気が下がる、と彩色学の師匠に止められた

    という。さすがにビックリした。

     

     

    何事も「過ぎて」はいけない。

     

     

     

     

    まず彼女に伝えたのは「課題の分離」。

    相手が返事しようがしまいが、

    それは相手の課題。

    自分がふさわしい挨拶文を送ったのなら

    自分の課題は終了しているからそこまで。

    境界線をハッキリと持つこと。

     

     

    例えば来客へ食事を用意していても、

    それを食されるかどうかは相手の課題だ。

    食べられなくても関与しない。

     

     

    弟子が来るから、と鍋サイズで用意した食事。

    皆で食事になる流れではなかったときは

    一人で数日間かけて食べることしばしば(笑)

     

    巨大な作り置きになってくれたお蔭で、

    手間が省ける数日間になる。

     

     

    自分の課題の領域は

    驚くほど手前で終了していることを

    我々は気付いておくのがいい。

     

     

     

    次に伝えたのは「縁の移り変わり」だ。

     

    我々の体は

    常に新陳代謝をしてくれるお蔭で

    新しい細胞たちが生まれ活動してくれる。

    古い細胞とスイッチしてくれないと

    バランスがおかしくなってしまう。

     

     

    「縁」も同じこと。

    言い換えるなら、縁は人生の細胞。

    縁の在り方が変わっていくお蔭で

    新たな成長を遂げ、新たな目が開かれる。

     

     

    そして縁が移り変わったからといって

    以前の縁そのものを根絶する必要はなく

    「ごきげんよう」さながらに

    新たな縁のスタイルで

    自分らしく挨拶をすればいい。

     

     

    入れ替わる縁であっても

    ある一定期の間、

    お世話になった人生のご縁であり、

    事実それをステップに今の自分が

    構築されている。

    なので感謝のままがいい。

     

     

    こちらから挨拶をした後、

    相手がどう反応するか、は

    「課題の分離」

    の思考に任せておこう。

    期待は不要だ。

     

     

    仮に相手が

    「返事なんてしてやるものか」と

    何かしらの怒りモードでいても

    自分に非が無ければ、その波動に

    わざわざ合わせる必要はない。

    人生の波動は個々のものだ。

     

     

    繰り返すけれど、過去において

    そのご縁に支えられていたことは

    感謝の対象として覚えておくのがいい。

     

     


    最後に彼女に伝えたのは


    人生は自分が最高決定者である


    ということ。

     


     

    私は人生の柱は3本だと思う。

     

    人に支えてもらう、という柱。

    人を支える、という柱。

    自分で自分を支える、という柱。

     

     

    どれも尊い。

     

     

    そして何よりも心強いのは

    お釈迦さまの言われる

    法を基盤として自分を支える、という

    3本目の柱、



    法灯明からの


    自灯明だ。




    自らを灯火として信じて生きる。

     

     

    「はい!」と張りのある声が

    戻ってきた。

     

     

    わずか1時間もしない電話だったけど

    いつもの可愛らしい笑顔が

    受話器の向こうに浮かんだ。


     

    たのしい会話だった。

    ありがとう。

     

     

    さて、と。


    今、面白い人体実験を自分の人生で

    やっている。なかなか興味深い!

    明日もやってみて、確信がもてたら

    ご紹介します。(笑)

     

     

    それでは自灯明なる

    すてきな昼下がりを・・

     

    ・・・光静・・・・


    おしょーにん * - * 14:43 * comments(1) * -

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    Comment by - @ 2020/10/16 8:30 AM
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