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「流」という尊い命、未来のブッダ!

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    瀧本です。

     

    仏教では人生や、命の在りかたについて

    「川の流れ」を比喩として用いられます。

     

     

    川の流れは一つとして同じ表情はなく

    隅っこのほうでは渦をまいたり泡ができたり。

     

     

    水流の気まぐれで生まれた渦は

    落ち葉を誘い込んでクルクルと一緒に遊んだり

     

     

    ポコンと生まれる泡は、

    こっちにできたり、あっちにできたり。

    ルールはなく、その時の縁にまかせて

    抵抗することなく楽しそう。

     

     

     

    そして表情はとても豊か。

     

     

    水量の少ない谷間の水は

    ピチャピチャと音をたてて流れ

     

     

     

    大河の流れはどっしりと貫禄。

    どこか自信に満ちたように静かに流れる。

     

     

     

    そんな流れの中に垣間見れる泡や渦巻き。

    「まるで人間はそのようなものなのだよ」と

    仏教は教えてくれます。

     

     

    我々は、自分を「自分」として他人と切り離し

    私が、私が・・・ワタシがーーー!!と

    セッセと我執を主張したい生き物。

     

     

     

    けれど、本当は、

    大きな流れの中で一時的に存在している泡。

    「流れ」と切り離して存在することはできない。

     

     

    あっちの泡も、こっちの渦も諸行無常。

     

    あっちの泡があなたで、こっちの泡は私。

     

    生まれては滅し、

    滅してはカタチを変えて生まれる。

     

     

    そんな大きな流れのなかで繋がりながら

    ひと時の命を生きる。

     

     

    だから、何事にも執着する必要なないんだよ〜

    と教えてくれているんです。

     

     

    けれど、そんなことは知らず

    この渦が不変な私なのだ!

    この泡が私の恋人なのだ!

    この泡は私の〇〇!

    そしてこっちは私の〇〇!

     

     

    と定義してしまい変化することを忌み嫌う。

    その結果、苦しくなってしまうのが私達。(笑)

    いわゆる厄介な「自我意識」です。

     

     

    そんな自我意識をまったく持たず、

    すべてとつながっている感覚の中で

    巡る縁をそのまま受け入れて

    おおきな流れのなかで安心感に包まれ

    生きられたらどれほど幸せでしょうね。( *´艸`)

     

     

    まさにその境地にいるのが

     

     

    赤ん坊です。

     

     

     

     

    昨日、弟子のご夫婦が

    無事に母と父になりました。

     

    勉強会にzoom参加していて

    「念のために早期入院しまーす」と

    予定日よりも早く入院したと思ったら

    翌日すぐに写真が送られてきました。

     

     

    びっくりです!( *´艸`)

     

     

     

    まだ8か月目くらいだったころ、

    みんなでどんな名前にする?と

    親戚ごっこをしていたときに

     

    その日の講演内容が今日の記事のような

    「流れの尊さ」を話していたこともあって

     

     

     

     

    「流」りゅうってどう?

     

     

    と言ったら、そのままご夫婦が採用!

     

     

     

    ていうことで、

    昨日、この世に「流ちゃん」が誕生しました。

     

     

    いらっしゃい、流ちゃん。

     

    これから大変だぞ〜。

     

     

    仏さまの心を徹底的に注ぎ込むような育児を

    みんなで行っていったら、まさに「生き仏さま」

    になるんじゃない?

    ブッダになっちゃうんじゃない?

    と周りの弟子が大興奮。( *´艸`)

     

     

     

     

    流水無心にして落花を送る

     

     

    水面に舞い降りてきた花びら。

    水は花びらを待っていたわけでもなく

    花びらも、そこに着面しようと

    決めていたわけでもなく。

     

    ただ、自然のながれで巡った縁。

     

    「なんで落ちてくるんだよ!」と

    花びらに文句を言うわけでもなく

    次も来るかな?などの期待もしない。

     

     

    ただ、巡った縁を楽しんで

    「あら、どうも。

    では一緒に流れていきましょうね」と

    すべてを受け入れて生きる美しさを

    教えてくれる言葉。

     

     

     

    やっぱり、「流」ってすごい。(笑)

     

     

    このブログを、流が大人になったときに

    命名のエピソードとして

    読んでくれたらうれしいな〜。

     

    そんな思いで書きました。

     

     

    流よ、

    短いようで長い地球の旅へようこそ!

    少し前まで居た「あちらの世界」へ

    いずれ戻るのだから、

     

    地球の旅を楽しんでください。

     

    この地球では色んなことが体験できる。

     

    そして名前のごとく、流れを信じて、任せて

    今、今、を生きてください。

     

    ようこそ、流!

     

     

     

    それではステキな人生を!

    ・・・光静・・・

     

     

     

     

     

     

     

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