足るを知る、ということ

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    瀧本です。


    「雨」を書きたくなった。


    止まない雨音をきいていて、

    ふと自分の心を振り返った。



    あ、コレいいな、とか思うと


    もっと欲しいな、という欲が顔をだす。


    逢いたい人がいると

    もっと逢いたい、とか思う。




    けど、何事も

    過ぎてはいけない。過ぎてはいけない。



    天よ、

    何か意図があるのか。

    あなたも単なる欲なら、もう充分。今季は。


    大切な友達、

    どうか、無事でありますよう。


    …光静…






    おしょーにん * - * 20:24 * comments(0) * -

    言葉を一定に保つ、ということ

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      瀧本です。

       

      弟子が贈ってくれた

      プリザーブドフラワーを指さして

      「見てごらん、これ。綺麗でしょ」と、いうと

      「生花のほうが良くないですか」と彼女はいう。

       

      「この部屋は陽当たりが良すぎて

      室内でも日焼けするんよね」

      と言うと「陽が入らない暗い部屋より良い」

      ときた。(笑)

       

      オモシロくなってきた。

       

      もう一回だけ投げかけてみることにした。

       

       

      「お土産にくれたこのお煎餅とてもおいしいね」

      にしてみた。

       

      「普段はあまり食べないのでわかりません」

      がきた。

       

      さらにもう一回検証。

      「おやつって食べないの?」

       

      「太りたくないんで」と。

       

       

      25歳女性。母親と一緒に来た。

       

      対人関係に問題がある、と

      小学生の時から担任に言われ

      あらゆるカウンセリングや専門家を経てここへ。

       

      すでに1時間お話ししたあと、

      梅田で友人と約束があると言って、彼女は先に退室。

       

      母親との個人面談になった。

       

      おおすじの相談内容はこう。

       

      思春期あたりから対人関係がもつれてばかり。

      人との会話を楽しむことができず

      何かとトゲのある反応をする。

      友人はおらず、職場でも上司に同じ態度。

      親として我が子の将来が不安。

      幸せな結婚もしてほしい。

      精神科医の先生に瀧本先生のことを聞いた、と。

       

       

      娘と私との1時間の会話を聞いて

      どう思ったのかを母親へ質問すると

       

      「あの通りとにかくワガママで、

      相手の言葉を素直に受けることをしない。

      先生、なぜいつもマイナス思考の中で

      あの子は生きているのでしょうか。」

       

       

      さて、と。

      ブログにこの面談の全貌を書こうとすると

      一冊の本ができてしまうので

      今回は結論だけ記しておこうと思う。

       

       

      私が母親へ返した一言で顔色はかわった。

       

       

      「彼女はマイナス思考の中で生きているのでは

      ないですよ。

      彼女が生きているのは

       

       

       

      「過去の中」です。

       

       

       

      その過去というのは、

       

       

       

      あなたが彼女へ言った言葉

       

       

      のこと。彼女はマイナス思考のつもりではなく

      ああいう反応しか知らない。

      それは、あなたが教えた反応。」

       

       

       

      私は母親に納得してもらえるよう

      母親の心にタネを一つ撒いておこうと思い、

      こう言ってみた。

       

       

       

      「このお煎餅、つい勢いで

      3枚も食べてしまったけど、実は・・

       

       

       

      全くおいしいとは思わない」

       



       

      と。

       

       

      え・・・・・?

       

       

       

      種を撒いてから以下を詳しくお話しした。
       

       

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      我々は幼少期に養育者との関わり方によって

      その後の対人関係、距離の取り方を習得します。

      その習得結果はストレンジシチュエーション

      といって大きく4種類に分けられる。

      ブログでは難しい説明は省略するとして、

       

       

      例えば、

      お皿をキッチンまで運んだら

      母がとても褒めてくれた・・

      すると子供は、チャンスあらば自ら進んで

      お皿を運びたくなりますよね。

      また褒めてもらいたいから。

      そして褒めてもらえるといい気分です。

       

      子供はそうやって、スクスクと

      自己肯定感を築き上げていきます。

      自己肯定感を育めた子供は、

      自分だけでなく、他人を受け入れることも

      できるようになる。そして

      自分は愛される価値がある、と自覚して

      生きていきます。理想的な人格形成ですね。

       

       

      ところが

      自己肯定感が構築できないケースがある。

      それは養育者の「反応」にかかってる。

       

       

      お皿をキッチンまで運んだら

      すごくお母さんに褒めてもらえた・・

      愛される手段を見つけた子供は、

      翌日もせっせとお皿を運ぼうとします。

      当然ですね。

       

      ところが、同じようにお皿を運んだのに

      母親が何もいってくれない・・

      または

      「落とさないでよ。お皿を割らないで」と。

       

       

      よし!褒めてもらえる、と

      確信していた行動だったはずなのに

      褒めてもらえないどころか、無視されたり

      怒られたりする・・

       

       

      このように、


      養育者の反応が一定していない場合


      お皿を運ぶ、という行為が

      いい事なのかそうでないのか

      人を喜ばせる行為なのかそうでないのか、の


      分別ができなくなり


      自己肯定感は育まれず

      常に疑心暗鬼で自分に自信がもてない。

       

      愛される行動と相手を怒らせてしまう行動を

      分けることができなくなってしまい


      一貫した判断ができなくなる

       

       


      子供だけではないですね。

      我々大人だって同じ。動揺します。

      子供も大人も誰もが承認欲求をもっています。


       

      一度、認めてもらったことは

      二度目も承認されて当然、と強く期待する。

       


      だから相手の反応にバラツキがあると

      小さなパニックをおこします。

       

      判断基準が崩壊してしまうのですね。

       

       

       

      今回、3人で会話を始めたとき、すぐに母は

      娘へもっと大きな声で返事しなさい、と言い

       

      段々と心を開いてくれたあたりから

      少しだけ笑う瞬間もあり

      スムーズなやりとりになってきたとき

      なんと母親は娘へ

      「大きな声で笑うのはやめなさい」と

      言ったのです。

       


      面談がはじまって10分もしない間の出来事。

      母親が娘へみせる一定しない日常の対応が

      どれほどの頻度なのかがうかがえます。

       

       

      母へ質問しました。

       

      「私が、美味しいと言って食べたお煎餅を

      おいしくない、と真逆の意見へ変えたとき

      どうでしたか?」

       

       

      これが撒いておいた種でした。

      どうか理解してほしい、と祈る思いで。

      すると母親は

       

       

      『最初は、もしまた先生にお会いできるなら

      この老舗の他の種類のも買ってこようと・・

      けど、今は洋菓子がいいのかとか。。。

      というか、何を買ったらいいのか

      ちょっと怖いですね。

      次は持ってこないかもしれません。』

       

       

      よし、次回も!と思った歓びが

      不安から恐怖へかわり、しまいには行動自体を

      回避したくなったわけです。

       

       

       

      『あ・・・・・』と黙られました。

      ご自分の心を観察され、険しい表情をしながら

      納得されていくようでした。

       

       

      その後、よく話し込んで

      充分に理解してもらったと思います。

       

       

      個人的なことですが

      ストレンジシチュエーションを大学で学んだとき、

      やっと、本当の意味で

      母親を客観視できたように思います。

      幼少期、褒めてくれたことを繰り返すと、

      本当にずっと叱られていましたから、

      母のことを得体のしれない人、

      としか見ていませんでしたね。(笑)

       

       

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

       

       

      私達人間は、

      自分の心の状態にまかせた発言を

      しすぎる生き物だと思う。

       

       

      心の安定時は物事を肯定的に判断できる。

      けれど、不安定なときは、

      評価がひっくり返ることがる。

       

       

      大人の我々でも、他人から、

      それいいね、と言ってもらえたバッグや

      お洋服はお気に入りになるもので、

      さらにそれが自分の「行動」に対して

      褒めてもらえたりすると

      その行為そのものをお気に入りとして

      繰り返したくなる。人格形成の段階ですね。

       


      けれど、

      そのお気に入りを作ってくれた相手から

      後日、同じモノを否定されてしまったら

      判断基準が崩壊してわからなくなってしまう。

       

       

      だからこそ、仏教は

      他人の評価を自己価値の指標にしてはダメだよ、

      すべて自分次第だよ、という。

       

       

      しかしながら、今回のケースは養育の段階。

      絶対的非力な幼少期は、親が全てであるから

      あらためるのは母親側、大人側の課題。

       

       

      意外にも

      友人とお茶をすませた娘が戻ってきたので

      もう一度3人でじっくりと話し込みを。

      とてもいい話し合いができたと思います。

       

       

      私達は一喜一憂しながら生きてしまうため、

      その都度、発する言葉の温度が違ってしまう。

      言ったほうは覚えていなくても、

      言われたほうは深く刻むものです。

       

      やはり何と言っても、

      安定した心を養うことが大事。

      安定した心が、安定した言葉をつくる。

       

      とはいえ、心を常に静寂にとどめるのは、

      なかなか難題( ̄ー ̄)

      けれど「安定した言葉」の方は

      今すぐに実践を始められそうですね。


       

      なぜ一貫しない態度で養育してしまうのか、

      についての養育者側を対象にした

      あらゆる研究結果がありますが、

      機会があればまた書いていきます。

       

      大学のノートを見直しておきます。

       

      中途半端な記事になりましたが、

      今回、面談に来られた方は

      読み直してくれると、ご自身を

      客観視できると思ったので。


       

      もうすぐ面談の方が来られる時間。

      なんと、85歳の方が。

      有意義な時間になるよう努めたいと思います。

       

       

      それではステキな一日を!

      ・・光静・・




       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      おしょーにん * - * 10:56 * comments(0) * -

      大きくなる、ということ

      0

        瀧本です。

         

        搭乗ゲートを入り、振り返ってみると

        まだみんなが手を振って見守ってくれていた。

         

         

        涙が出そうだった。

        こんなに素敵なご縁を宇宙は与えてくださった。

         


        この世は寸分の狂いなく、因果の法則で

        動いている・・とかなんとかを自分で講演して

        おきながら、どこかで疑いたくなった。

         

        こんな「果」をうけとれる行いを

        私はできてきたとは思わない。


         

        実は「結果の先どり」みたいな法則もあって

         


        (ほぉら!光静、

        こんな素敵な結果を人生で受け取りたかったら

        それにふさわしい行動をしないと取り上げるよ)

         

         

        とかいう「結果先取りの法則」が存在。

        そして、先に経験したのはいいけれど、

        それに伴う行動がその後に見られなかった場合は

        「結果返却の法則」みたいなのが作動して

        全部取り上げられるのではないか??と。


         

        それはそれで、

        なかなかいい法則かもしれない。

        絶対に手放したくない素晴らしいご縁なら

        必死で善行を積み上げるはずだ。

         

         

        先生に会えて嬉しいー

        本当に来てくれたんですねー

        等々の言葉をシャワーのようにいただき

         

        そんなことを私が言われるのか?

        私へ言ってくださっているのか?


         

        「よいか、光静。

        相手がこのように感じてくださるよう、

        そんな人間になるために精進しなさい」

         

        と、大きな課題を示したシュミレーション授業

        を仏様が与えられたのかもしれない。

         

        今この時からブレない意識をもって歩もうと思う。

         

        沖縄の生き仏の皆さま、有難うございました。

        ・・・・

         

         

        大きなジンベイザメが

        目の前を優雅に行きかうカフェ。

         

        ずっと眺めていられた。

        小さなサメをお供に従え、ゆったり泳いでいる。

        「貫禄と自信」そして「平和」をそこに見た。

        その時に私の心は「無欲」になってた。

         



         

        旅人を休ませるように

        大きな木陰を作ってたガジュマル。

         

        複雑でありながら計算されつくして伸びた幹。

        ずっと眺めていられた。

        「許しと静寂」そして「生命力」をそこに見た。

        その時の私の心は「素直」になってた。

         


        なぜなのかな、と考えた。

         

        仏教で目指すところの、無欲と素直さを

        一瞬で与えてくれるのはなぜか。

         

         

        大きいから?


         

        いや、それだけではなく、それよりも

        その大きさに達するまでに流れた

        「時間」を感じたからだと思う。

         

        文句ひとつ言わずに、ただ生きてきた長い時間。

         

        その大きなに達するまでの彼らの歴史。

         

        何でも知っていて包んでくれるような包容力を

        勝手に感じて癒されてしまう。

         

         

        「大きい」って、いいなと思う。

        「大きくなる」って凄いと思う。

        そう。

        我々だって大きくなれる。

         

         

         

        「海のようであれ」

        「大河のようであれ」

         

         

         

        お釈迦さまが言われた海や大河。

        それは



        大きい心のこと。



         

        小さな水溜まりは

        わずかな気候の変化に影響をうけるし、

        浅い川は水音がにぎわうけれど


        海のように何でも受け入れる包容力と

        大河のように、止まっているようにも見えながら

        静かにずっしりと流れる風貌。。。

        それを目指しなさい、という言葉だ。

         

         

        それを、

        ジンベイザメとガジュマルの大木から

        感じ取ったのだと思う。

         


        大きな心になりたい。

         

         

        仲間の大きな愛に包まれながら、

        心新たに健やかな目標を抱けた4日間だった。

         

         

         ありがとう。



        「結果先取りの法則」で、それが後から

        「返却の法則」になっちゃうことのないよう

        心に強く刻んで歩みたいと思います。

         


        大きくなろう。


        ・・光静・・

         

         





         

         

         

        おしょーにん * - * 09:58 * comments(0) * -

        ネコ王から学ぶ、ということ

        0

          瀧本です。


          一匹の野生のネコと出会った。


          周りもネコだらけだけれど

          一枚岩に座るこの子はどこか違う。


          触ると、すぐにゴロゴロと喉を鳴らす。

          さぁ、私が気持ちいいところを撫でておくれ

          と言わんばかりの優雅さ。


          するもヒョイと岩から飛び降りて

          私を誘導しはじめた。


          一緒にいた友人がそれを見ていて

          驚いていた。


          立ち止まっては私を見上げてまた進む。

          どうやら隠れ家を私に見せてくれるらしい。



          ネコ特有のヘッドすりすり。

          コツンとするたびに、ニャ〜と短く

          話しかけてくる。


          周りを見渡すとネコだらけだった。


          みんな、

          耳がちぎれたり、足を怪我したりしてる。

          この子もだ。


          よく観察すると、

          とうやらこの子がこの縄張りの王だと

          わかってきた。


          毛並みと品格が別格だ。


          ゴロゴロと喉を鳴らして、

          愛情チャージを私を活用して行い、

          何かが気になるサッと目をやる。


          このお方が君臨する小さな高台は

          どうやら神聖な座らしい。



          こんな言葉がある。



          優雅さと知恵を備えるものが王であり

          その優雅さは皆の希望となり

          その知恵は一団の強さにとなる。



          誰の言葉だったかなーー( ̄ー ̄)


          うすら覚えの言葉。

          何度も記憶から引き上げるたびに

          少しずつ変容していると思うが

          細かいことは気にしない。笑


          多分、カーネギー氏の言葉だったかな?

          それが私の中で進化した。笑笑



          お釈迦様を訪ねた旅人が、

          何より感動したのは、釈尊の優雅さだった、

          と書かれていたのを読んだことがある。


          釈尊の的確な言葉は智慧の象徴。

          けれど、それ以上に、

          旅人の苦しみが薄らいだ訳が

          釈尊の優雅さに魅了された為、

          というのだから

          人が醸し出す優美も、人生の課題として

          意識しておきたい。( ̄▽ ̄)



          この子と触れ合って、まさかお釈迦様を

          思い出すとは、なんとマニアックな。。笑



          どこか、ライオンキングのムファサにも

          似てた。



          今回、大阪を離れてリフレッシュ中。


          コロナ自粛の間、私がオンラインサロンで

          毎日、法話や美術の講座をしたことで


          「本当に楽しい自粛ができました、

          どうか少し休んでください。」


          と声をかけて頂き、甘えてお邪魔を。。


          土砂降り、雷雨の予想だったのに

          なんと、晴天!素晴らしい!


          なにがおこるかな?



          優雅さと知恵を身につけるよう

          今日も五感フル活用で

          全てを感じ取っていきたいですね。


          王になると、優雅さと知恵がつくのじゃない。

          優雅さと知恵を得ると王になるんだろうなぁ。


          自分の人生の王は、

          自分でありたいものです。


          心に他人が侵入して

          心の領土をとられないように、と。笑



          それではステキな1日を!

          …光静…











          おしょーにん * - * 08:08 * comments(0) * -

          まじかーー!すごいじゃ〜ん!、が幸福のKEYということ

          0

            瀧本です。

             

            「光静さんが料理を注文すると

            店内にいる、ほぼ全員のお客様が

            同じ料理を注文してくださる」

             

             

            このセリフを、あちこちのお店のシェフから

            言われます。( ̄▽ ̄)

             

             

            「みんな宇宙でつながっているからね」みたいな

            怪しい話ではありません。今朝は(笑)

             

             

            一緒に食事をするご縁を頂戴した方が

            もしこのブログを読んでくださっていたら

            理解してもらえると思います。

            食事中の私の感嘆の様子を。(笑)

             

            お料理って、作ってくださる方の人生が

            溶け込んでいるように思っているので

            口に運ぶたびに感動するんです。

             

            仮に「味付けに失敗した」と言われようが

            その失敗に至った流れを伺いながらいただくと

            なんと貴重な一品!と感動。(笑)

             

             

            わ〜!

            すごー!

            ひゃーー!

            やったーーーー!

            イエーーイ!

             

            これらの言葉が内から溢れることは

            とても素晴らしいこと。

             

            良好な人間関係を構築するコツって

            こんなところにあるのかもしれませんよ。

             

            先日、面談をしているとき、

            クライアントが持ってきてくれたイチゴを

            一緒に食べたときのこと。

             

            その甘さにビックリして、

             

            これ!やばくない?

            甘いねーー!おいしいね〜!

            とはしゃいでいる私と黙って静かに食べる相手。

            相対的でした。( ̄▽ ̄)

             

            質問してみました。

             

            「私が喜んでいるのを目の前にして

            どう思う?やかましい?イライラする?

            それとも、違う感情になる?」

             

             

            どちらかというと、少々けわしい表情に

            見えたので、迷惑がっているように

            思っての質問でした。

             

             

            ところが意外な答え。

             

             

            「持ってきてよかった、と思ってます

            すご嬉しいです。

            買うときに、イチゴなんて失礼かな、と

            すごく悩んで買ったので、今、とても

            うれしいです」

             

             

            えーーーー!!( ̄▽ ̄;

             

            嬉しいんか〜い

             

            だったら、それを表現せんかい

             

            なんでそんな険しい顔やね〜ん

             

            戸惑うや〜〜〜〜ん

             

            笑顔で言わんか〜〜〜い

             

             

            と、心の声はいつものように

            口から出ていました。

             

             

            感嘆語、

            とても大切な表現のひとつだと思います。

             

            仏教でとても大切にされる教えの一つに

            布施、があります。

             

            言辞施=言葉による相手へのねぎらい

            和顔施=穏やかな顔の施し

             

             

            わ〜!

             

            すご〜い!

             

            うれし〜!

             

             

             

             

            わずか1秒で、貴重な施しの徳行が

            できてしまう!!

             

             

            言うことで互いに豊かになれる反面、

             

            言わなければ、相手を不安にしたり

            時に深く傷つけることにも。

             

             

            お世辞を言おう、という話ではなく

             

             

            目の前に起きている

             

            人生で一度きりの出来事を

             

            心から感じ取っていこうよ

             

            そして、たのしもうよ

             

             

             

             

            と仏教は提案してくれています。

             

             

            私が注文したメニューは、お店にいる他の

            お客様も注文し始める、という現象は、

            自分のお小遣いで外食をしはじめた時から。

            大学生の時からかな。


            あまりにも美味しい、美味しいと

            叫びながら食べるので、

            いつもサービスメガ盛りで出されました。


            試食して、と新しいメニューを

            出してくださったり、デザートがついたり

            と、本当に外食先ではおもてなしを受ける。

             

             

            人間関係につまずいた時、

            なんでだ?どうして?何がダメ?と

            あれこれと原因をさがすけれど

             

            感嘆語が少なくないか、私よ!


             

            も、チェック項目にいれておくと

            いいかもしれませんね。^_^

             

             

            仏教の言葉に

             

            也太奇

             

            <やたいき>

             

             

            ってのがあって、

             

            わ〜お!不思議〜

             

            すご〜〜〜


            カンゲキ〜〜!



             

            みたいな、思わず口からついて出る言葉を

            さします。

             

            この言葉を初めて知ったのは、

            20年くらい前かな〜。

            歴史ある仏教用語に、この言葉があるという

            ことがいかに感嘆語が人と関わりあう中で

            重要な役割をしているのかがわかりますね。

             


            今日は、ちょっと意識をして

            ほんの少しだけ、大きなリアクションを

            してみましょ〜。

             

            コーヒーをいれてくれる人がいたなら

             

             

            「ほんとにおいしいね〜」

             

             

            と言ってみる。

             

             

            昼食にラーメン屋さんにいくなら

            「大将、まじ上手いわ!」

             

            タクシーに乗ったなら

            「安全運転をありがと!」と降り際に。

             

            人と会ったなら

            「会えて本当よかった!」

             

            いつものコンビニに行ったなら

            「いつもありがとー」とおつりを受け取る

             

             

            そして、もっと豊かになる感嘆語は

             

             

             

             

            なんと気持ちのいい朝なんだ

             

             

            わおーーーー!



            空気がうますぎるじゃないかー!

             

             

             

            これですね、やっぱり!

            これよ、これ!

             

             

            也太奇!

             

            今日から実践してみてね。

            人生まるごと也太奇!で。笑

             

             

            それではステキな一日を!

            ・・光静・・




            今月、私が誕生日ということで

            昨夜の講座で、こんな山盛りプレゼント!笑

            ぜんぶお酒。笑笑


            がっつり也太奇ワールドでした!笑





             

             

             

             

             

             

             

             



            おしょーにん * - * 06:14 * comments(0) * -

            めちゃ怪しいお話しを書いてしまった?(笑)

            0

              瀧本です。

               

              こんなオチャメなご相談が。(笑)

               

               

              昨日の先生のブログを読んで

              そうだ!今の出来事だけを切り抜いて

              嫌だ嫌だと考えても仕方ない。

              流れで捉えるんだったー!と

              そうだったーーーー!と思い出しました。

              ありがとうございました。

               

              なのですが、先生・・・

              今、すごくすごく辛いことがあって

              それが辛すぎて、先生の言われるような

              流れで捉える、のが出来ないですー

               

              その辛い事にすぐに心が持っていかれて

              情けないのですが、青空が真っ暗です。

              他に効きそうな方法ってありませんか。

              何種類もを同時に試さないと

              私の愚かな心は言うことを聞いてくれませんー。

              たすけてくださいー。辛いよ〜〜〜エーン。涙

              ・・・・・・・・

               

              何とも可愛らしいお人柄ですね。

              「何種類も同時に試さないと」のくだりが

              今の心境を伝えてくれています。

               

               

              その辛い理由は相談内容に詳しく書かれていますが

              ここでは省略しておきますね。

               

              さて、と。

               

              結論から。それは

               


               

              無理やりでいいから


              時間軸を逆さまにする



               

              なんだ?そりゃ??

               

              今から怪しいブログに

              なっていきます。笑

               

               

              確かに昨日の私の記事では

              「今、起こっている出来事から

              過去へさかのぼるように「流れ」を観ると

              全て宇宙へつながってるぞー」と書きましたから

              過去を観ることが大事だ、というメッセージとして

              受け止められちゃうかも、ですね。

              表現に反省です。( ̄▽ ̄)

               

               

              現にご相談者の方は

              「じゃあ、この辛いことは

              あの出来事のつながりで起きたのかー!

              あのことが無ければよかったのに〜!」

               

              と書かれていました。汗

               

               

              加筆をしておきましょうね。

               

               

              宇宙につながっている、と書いた意味は

               

               

              宇宙のエネルギーは

              共存と調和、拡大のエネルギー。

              美しいエネルギーに溢れてる。そもそも

              争う、戦う、勝つ、負ける、というエネルギーは

              存在しない。


              だから、

              その美しいエネルギーの中に生きている我々が

              体験している毎日は、

              共存、調和、拡大のエネルギーの体験のみで、

              これからもそれらを体験していく。

               

              と、こ、ろ、が

               

               

              煩悩だらけの我々は、

              とかく道を外しやすい生き物。

              宇宙にはありえない、怒り、嫉妬、争い等の

              エネルギーをこれでもか!と

              ぶちゅぶちゅと出してしまうので、その都度

              宇宙の微調整システムが作動して

              共存、調和、拡大エネルギーへ引き戻すための

              「体験」がギフトとして届けられる

               

              (なんだか怪しい文章になってきました。

              今日はこんな感じで書いていきます。笑)

               

               

              ここをしっかり押さえて軸にしておくと、

              何が起きても、

               

               

              おぉ!また何かやっちゃったみたいだ。

              今回はこういう訂正方法か!

              と、出来事(ギフト)を

              客観的に眺めることができますね。

               

               

              共存するために必要な学びが入っていて

              調和のための気付きが含まれていて

              拡大、拡張へのヒントが秘められている・・・。

               

              これらがいわゆる日々の出来事とするなら

               

               

              出来事の表面的な意味合いに振り回されず

              奥に含まれている核に注意を向けることができる。

               

               

               

               

              私は、この世がそういうシステムになっている、と

               

               

              信じ切っています。( *´艸`)ヤタ!

               

               

              だから、体験している現象(微調整システム)は

              学ぶべきことを学びとったなら不要となり

              気付くべきことを気付いたなら不要となり

              ヒントを掴んだなら、不要となり

              カタチをかえていく、と

               

               

              信じているんです。

               

               

               

               

              とか何とかカッチョよく言いながら、

              やはり「辛い」と感じてしまう出来事があれば、

              嫌だな、不安だなと思ってしまいます。( ̄▽ ̄)

               

               

              はい、ここでお釈迦さまの黄金の言葉!

               

               

              「不安なまま安心しておきなさい」

               

              不安なのはわかるけど、安心するために

              起こっているのだとわかると、不安なまま

              安心しておけばいい。

               

               

              ・・・・・・・

              ある幼い女の子がお爺さんへ相談しました。

               

              学校で早口言葉がはやっているけど

              ちっとも言えなくてバカにされる、と。

               

              お爺さんはミカンを手渡して言いました。

              「相手はお前をバカにしても、

              お前がお前をバカにしてないなら

              問題なんかない。

               

              バカにされて悔しいなら練習をしたらいいし

              悲しいなら落ち込んで泣いておけばいい。

               

              どっちの人生にする?」

               

              ここから女の子はお爺さんと猛練習をし

              見事に克服。

              心に傷がつきそうだったこの出来事は

              その後の彼女の人生に大きな影響を与え

               

              一見、望ましくないような出来事は

              全て自己拡大のヒントだと捉えるように

              なりましたとさ、めでたし、めでたし。

               

               

              って、これ、私の話です。( ̄▽ ̄)わお

               

              私が小学一年生のとき、

              じいちゃんが話してくれたこと。

              はっきり覚えています。

               

               

              今、鑑定業務をしていますが、

              クライアントにミカンを手渡すクセがあるのは、

              この体験が強烈だからでしょうね。(笑)

               

               

              さ、長くなりました。

              今が辛くて、なかなか立ち直れない、

              あの事さえ無かったらこんな事には、と

              過去の一点を恨んでしまいそうな時は

              今回だけは心の筋肉をつかって

               

               

              「これはメッセージ!

               

              何かに気付く時なんだ!

               

              気付け、私よ!」

               

               

              と、思考している時間軸を

              過去ではなく「これから」にスライド。

              最初は難しくて、出来事に振り回されるけれど

               

              慣れてくると、全てが

              調和、共存、拡大への道しるべ、とわかって

              自分の反省すべき点、訂正すべき点、を

              抵抗なく受け入れ、行うことができるように

              なると思います。


               

              今日はこんな怪しいお話しでした!(笑)

               

              宇宙女子なのでおゆるしを。( ̄▽ ̄)

               

              それではステキな一日を!

              ・・光静・・

               

               

               

              時間軸を逆さまにして流れを観る!

              大切ですね。


              あ、宣伝しておこうっと。


              こんな心のコントロールの方法を

              ギュっと凝縮して



              逆視道、という


              実践第一のカリキュラムを


              発表しました。


              まもなく、ホームページが新し


              くなるのでお楽しみに!



              弟子のブログがとても爽やかだったので

              よろしければ是非!

               

               https://ameblo.jp/sora64-non/entry-12606640157.html

               

               

              おしょーにん * - * 08:01 * comments(0) * -

              割れたグラスが宇宙と繋がっていた、ということ

              0

                瀧本です。


                今日は4時に起きてなんだかんだと朝の儀式。

                最近は朝30分、ピラティスを。

                日の出にあわせてテラスで行う。体がどのように

                変わっていくのか、楽しみ。


                さて、と。



                昨日はラジオ収録。


                最近のラジオは寄せられた相談にこたえる

                スタイル。

                1.嫌なことを考えないようにするコツは?


                2.SNS等で誹謗されたとき、どうすれば?



                昨日の質問はこんな感じ。



                そして

                3番目のご質問内容で、大盛り上がりでした。

                こんな内容です。


                ……

                先生の動画をみていると、

                何かしら自分が笑顔になっていきます。

                それは、なんてことない事で大笑いする先生の

                姿につられて自分も大笑いします。

                なぜ、些細な小さな事でそんなに楽しめるのか、

                コツを教えてください



                6月29日放送ですので、お時間があえば

                ぜひお聴きください。(^^)



                何てことない事で大笑いする私…笑笑

                確かにそうです。


                スクスクっではなく



                ダハハハーーッ



                だと思います。

                喉の奥まで丸見え、みたいな。笑笑



                好ましいことが起きた時や、

                そうでない時も、

                同じように笑っています。笑



                それはなぜか?


                どう捉えているとそうなっちゃうのか。



                色々とお話ししたラジオの中の

                ひとつのくだりをお伝えします。

                これも大笑いしてお話ししました。




                先日、ガラスを割ったんです。


                ありゃ〜、やってもたぁ〜



                と破片を丁寧に拾いはじめ、

                何度も低姿勢になりながら、

                (もう光ってるモノはないかな?)と

                反射する破片を探していたところ…



                あ、まだあった…と手に取ろうとした時、

                それが、失くしてしまっていたピアス!!

                だったんです。



                おーー!嬉しいっ!



                むか〜しに、友人からもらったピアス。

                片方を失くしてしまい、とっても残念で

                友人にごめ〜〜んと謝ってたあのピアスが

                出てきたのです。



                思わず友人に電話をしました。

                「もしもーーし!出てきちゃった!」



                ところが電話口の友人、様子が変…



                「どしたん?なんか、変やで。。」



                聞けば、昨日あたりから体調がすぐれず

                下腹部に痛みもあって寝込んでる、とのこと。



                とりあえず、病院へいって!今すぐ行って!

                行きなさーい!



                頼み込むように繰り返すと

                渋々、わたったよ、今から行くから、と。



                すると、なんと!

                緊急入院になり、そのままオペ!



                すぐに退院もできて、今は元気モリモリ。



                グラスが割れた。

                ピアスを失くしていた。

                見つかった。

                友人が倒れていた。

                緊急入院&オペが必要。



                箇条書きにするとこんな出来事。


                これに、単独に良し悪しの意味をつけると

                悪しきことの方が多くみえる感じ。


                けど、一連の流れで見てみると



                グラスが割れてよかった!


                になる。





                仏教はいいます。


                全体の流れ、繋がりで見よ


                物事は、あらゆる事と繋がり、縁となって

                出来事がおきる。


                一つの事だけで意味を見たりしては

                ダメだよーと。




                そして、私が割ったグラスは

                知人が引っ越しした際にお祝いにもらったモノ

                らしく、沢山もらったからあげるね、と

                こちらに流れてきたグラス。



                その知人が引っ越ししなかったら

                私の家にはなく、割れる体験も起こらなかった…


                そして、そして……

                と、全てを遡っていくと




                ビッグバンに辿り着く!



                わぁーお!



                と出演してくれてる弟子のトシミちゃんと

                大はしゃぎ( ̄▽ ̄)!



                一つの事で物事を捉えず


                「この事が今起こったということは、

                次の体験の準備として、必然なこと。

                何に繋がっていくんだろ〜」


                とワクワクする心がベースにあるので

                些細なことでも、笑ってしまう。



                これが、私の


                いつも楽しそうに笑うカラクリ。


                単純思考です、ホント。笑笑



                さて、と。

                今日も色んなことが起きるはず。

                意味づけせずに、そのまま受け止めて

                次の何かに繋がりながら変化やまない出来事を

                楽しんで体験したいですね。



                それではステキな1日を!

                …光静…


                今日はオフィスを移転させる会社の総合鑑定、

                という大仕事。

                責任もっていってきまーす。


                破れてしまった。。。

                これも宇宙に繋がってる??笑笑


                これ、銀行に持っていかないとダメなのかなぁ。







                おしょーにん * - * 07:13 * comments(0) * -

                中学1年生の菩薩さま

                0

                  瀧本です。

                  ステキなエピソードを。


                  仏教を実践している

                  清々しいカッチョいい男の子。

                  昨夜、こんなお便りが届きました。

                  朝から爽やかな気分になれます。


                  ………

                  以下、転送します。



                  光静先生、こんばんは。

                  東京のお勉強会に参加させていただいています、
                  ○○です。
                  先生に嬉しいご報告がありご連絡

                  させていただきました。



                  このコロナ自粛期間中、

                  毎朝近くを流れる多摩川の川沿いを

                  ランニングしたり、ウォーキング、

                  バトミントンを息子として過ごしておりました。

                  自粛はじめの頃は人が少なかったのが

                  緊急事態宣言が出てからは蜜なんじゃないか

                  と思うほど人があふれかえっておりました。

                  日々川沿いにゴミが増え始めた頃、

                  息子が落ちていたペットボトルを拾いました。


                  彼は以前から駅に落ちている空き缶を

                  拾ってたりしていましたが

                  私はできませんでした。

                  先生のお話会でチャンスバックを購入して

                  持ち歩いても恥ずかしくてゴミを拾うことが

                  ずっとできずにいましたが


                  多摩川で息子がゴミを拾う姿を見て

                  あんなに出来なかったゴミ拾いが

                  急にできるようになりました。


                  まだ2〜3回しかできていませんが

                  1人の時でもやってみようと思っています!

                  今朝も多摩川に行き

                  チャンスバックを2枚持っていき

                  ゴミを拾って帰るとき


                  パンパンになったチャンスバックを持った息子が

                   



                  宝物がいっぱいだ!




                  と言ったんです!



                  中1男子の発言にもう驚いて、

                  感動して先生に伝えたくてメールを

                  してしまいました!!


                  この不出来な親にこの子供。
                  笑っちゃいます。

                  それと先生のサロンで鬱のお話されていた動画を
                  息子と見て、




                  「おぉ〜、僕たち毎朝


                  多摩川行ってたから鬱にはならないね!」




                  って話しています。



                  ようやく学校が始まり

                  1日おきに登校する息子は

                  ユーチューブ動画での自宅学習の日には

                  先生が仰っていた?ラムネを食べながら

                  自習する息子です。


                  まとまりのないメール内容に

                  お時間を頂きありがとうございました。

                  また、先生に会えるのを楽しみにしています!!

                  体調に気を付けてお過ごしくださいませ。

                  いつも、動画配信してくださり

                  ありがとうございます。
                  ………


                  サロン配信で、数ヶ月前に私が話した内容に



                  道端のゴミを拾うという行為は

                  単にゴミを拾うことではなく、


                  どなたかが、ゴミ箱まで運ぶことが

                  出来なかったモノを、



                  「よし、ここからの続きは私が

                  お運びいたしましょう!任せておいて!」


                  という



                  人助けなんです。



                  街をきれいにするお手伝いにだけに収まらず



                  目に見えないどなたかが、

                  達成できなかったことのバトンを受け

                  代わりに自分が行って達成していく、という


                  尊い人助けであり

                  その行いが原因となって、

                  必ず素晴らしい果報を受け取る、という



                  人生最大のチャンス。




                  目についたゴミは小さいけれど

                  それがもたらしてくれる陰徳は大きい!


                  自己鍛錬のチャンス、それがゴミなんです。」



                  といった内容を放送しました。



                  我々は不思議なもので、

                  ゴミを拾う、という意識がわずかでも心に

                  持っていないと、そこにあるゴミが



                  見えないもの。




                  つまり




                  チャンスが見えない!



                  さて、と。



                  梅雨になり、道端のゴミは濡れてる。

                  これは単なるチャンスではなく





                  BIG チャンス




                  だと思います。




                  よし!私もビックチャンス、

                  がんがん集めようっと!笑




                  中学1年生のカッチョいい菩薩さまの

                  お話しでした!



                  それではステキな1日を!


                  負けるな!大人達よ!

                  ……光静……


                  サロンのお申し込みはコチラ

                  https://lounge.dmm.com/detail/984


                  30枚綴りです。

                  1日一袋のチャンスを拾っていこう!

                  毎月の講演会会場で販売。

                  一月30日間で無くなるはずですから。笑笑




                  #ゴミ拾い#仏教#法話#いい話し







                  おしょーにん * - * 07:29 * comments(0) * -

                  空き缶を集めておられた菩薩さま

                  0

                    瀧本です。


                    素晴らしい方と出会った。

                    間違いなく菩薩さま。



                    今日、珍しく自販機で缶コーヒーを買って

                    飲みながら歩き、飲み干したところで

                    別の自販機の横にあった缶を捨てるゴミ箱に

                    入れようと思ったその時、


                    缶を足で踏みつけて平たくし、

                    ゴミ袋に溜め込んでいるおじさんが目に入った。



                    ゴミ箱に手を入れ、缶を取り出しては

                    ガチャンガチャンとつぶしてる。


                    それを自転車の荷台に山盛り積み上げている。


                    私が今手にしている空き缶も、私が捨てた後に

                    おそらく後で拾いあげるのだろう。



                    少しためらいがあったけど、

                    声をかけてみた。



                    「おじさん、

                    これも荷台に積まれます?もしそうなら…」



                    と空き缶を差し出してみた。



                    一瞬、驚かれた様子だったけど



                    「あぁ。後で拾うから捨てとけ、そんなもん」


                    と目をそらしながら言われた。




                    えっと、じゃあ、ここに置いておきますね、

                    とおじさんの自転車の後部車輪の横に

                    空き缶を立てて置いた。



                    おじさんは、ぶっきらぼうに

                    「あぁ、すまんな」



                    お礼を言ってもらったように感じ、

                    いえ、とんでもないです。

                    ありがとうございます、と

                    会話が成り立っているのかどうかわからない

                    不明な返事を、とっさに私も口にした。



                    ここで会話が終わると思って、

                    立ち去ろうとしたとき、おじさんが意外な行動

                    に出られてビックリした。それは




                    なぁ。ちょっと、あんた…




                    と数歩、寄って来られたのだ。


                    そして、こう言われた。






                    「これから外で缶コーヒーを飲むか?」






                    え?はい、多分、と私。





                    「コロナでな、

                    外でマスク外してコーヒー飲む人が減ったから

                    前みたいに缶が集まらへんのや、最近。


                    また、飲んでくれな」






                    なんだか、凄く貴重な会話をしているように

                    思えた。




                    ひょっとしたら、怒鳴られるかも…と

                    小さく覚悟をしてから聞いてみた。




                    「おじさん、缶を拾うようになったのは

                    いつからなんですか?その…、

                    最初ってどんな気持ちだったんですか?」



                    なんだと?と一瞬にらむような目線だったけど、

                    それは、怒りじゃなくて

                    そんなことに興味があるのか?と

                    驚きの目線だったとすぐわかった。



                    もう18年になるな、と

                    具体的な数字を語られたことに

                    更なる興味がわいた。



                    どんな大きな出来事があったんですか?




                    疲れたんや、色々にな。




                    そこから立ち話。

                    多分30分は話した。



                    メモをしたくなるような言葉を

                    たくさん聞いた。胸を打たれた。




                    帰ってきた後、すぐに書き留めた。



                    帰る最中に、違う思考が働いて

                    さっきの言葉が頭の中で行方不明にならないよう

                    極力、違うことを考えないように

                    慎重に心を「今」に留めながら歩いて戻った。



                    一番心に響いた言葉、それは





                    人生で大切なものは


                    一つか二つでいい。





                    増えなくていい。





                    増えると苦しくなるだけ。





                    胸がギューってなった。




                    これ以上の加筆はやめておこうと思う。

                    読者の皆さまが自由に味わった頂けたら、と

                    思う。




                    そして、この言葉もメモった。





                    大切なものだけを




                    大切にしたらええ。






                    今夜はゆっくり瞑想しようと思う。



                    私達は「大切なもの」を持ちすぎている。


                    大切だ、と勘違いして

                    あれもこれも、と忙しい。


                    それらは全部手放すものなのにな…。




                    それでは素敵な夜を。


                    …光静…




                    #菩薩#シンプルな生き方#いい言葉



                    おしょーにん * - * 22:05 * comments(0) * -

                    陽の光と智慧の光、ということ

                    0

                      瀧本です。

                      こんな言葉があります。


                      ………

                      光には二つある。


                      一つは目でみる光であり、


                      二つは心でみる光である。



                      目で見る光とは、陽の光のことであり、


                      心で見る光とは○○…である。


                      ………



                      先日、今の私の症状を素直に書いたところ

                      以下のようなご質問をお預かりしました。



                      「自分も先生と同じような状態です。

                      毎日体調が変わり、ひどい時は月に二度ほど

                      入退院を繰り返します。


                      周りの人は、私の精神力の弱さが原因

                      じゃないのか?心をもっと強く持てばいい。

                      甘えている…等々を言われます。



                      20代で突然発症した目眩と全身の痛み、

                      体温調整も困難になり真夏でもニットを…」



                      とても長文のお手紙を拝読いたしました。

                      ここでは熟読したうえで、その内容を

                      大きくカテゴライズさせて頂きました。



                      1.いつ体調が変わるかわからないので

                      人と先々の約束ができない



                      2.もう人を信用できない



                      3.生きていくのが不安



                      この3項目に。


                      そして、付け加えるなら

                      同じような状況下なのに

                      瀧本がアッケラカンと過ごしていることに

                      興味をもたれたとのこと。


                      なぜそんなに強くいられるのか

                      それとも、表面的に明るく努めているのか、

                      やはり不安で一人涙する時もあるのか…と

                      質問も書かれていました。


                      純粋で素直な方だな、と思いました。



                      さて、と。どこからお返事しましょうか。



                      じゃ、順をおって1番から。

                      予測できない体調異変のため、先々の約束が

                      できない、の項目。



                      はてさて。

                      果たしてそれは、病を持つ私やあなただけに

                      言えることでしょうか?



                      明日のことなど誰も知り得ない。


                      ちょうど昨日、野球選手の方が、コロナの

                      陽性反応が確認されて、東京ドームの試合が

                      中止になりましたね。


                      その他、色んなイベントが中止になって

                      待ちわびていたファンは大ショックでしょう。


                      コロナという社会問題は

                      「この世は予測ができない世界」

                      そういう世界に我々は生きているのだ、

                      という真実を叩きつけました。



                      確かに私は、道を歩いるときに、突然

                      サッと血がひいてしまい、パタリと

                      倒れることがあります。


                      タイミングが悪いことも多くあります。



                      その中でも

                      明菜ちゃんのディナーショーの思い出。


                      ディナーが終わり、いよいよ明菜ちゃんが

                      登場するぞ!とワクワクしていた瞬間、

                      血流の異常が発生。で、気絶。笑


                      気がついたのは4時間後。

                      ガラーンとした会場で

                      弟子に抱えられていました。


                      慣れている弟子達は、私を抱えながら

                      明菜ちゃんの歌に合わせて踊っていたそう。

                      サイコーの弟子です、まったく。笑笑



                      翌年にリベンジ!

                      一年かかってコンサートを観れました。



                      何度思い出しても笑えます。



                      ここで、感じ取ってください。


                      (また、あんなことになったらどうしよう…)

                      (先行予約でチケットを買っても無駄かも…)


                      ではない、ということ。



                      さぁ!今度は聴けるか??



                      我が運命よ、いかに!



                      です。





                      1.いつ体調が変わるかわからないので

                      人と先々の約束ができない



                      とのことですが、


                      先々、どうなるか分からないから「不安」

                      ではなく、




                      先々、どうなるか分からないから、


                      今を大切に生きる



                      です。



                      約束の当日、ひょっとしたら

                      約束を守れない事態が起こるかもしれない。


                      けれど、その約束を今したいのならする!


                      瀧本個人は、そう決めています。



                      講演会に同行してくれる弟子に

                      言ったことがあります。



                      もし、講演中に倒れたら、そのあとは

                      代わりに登壇して

                      普段勉強している内容を話しておいてね、と。



                      わかりました!けど、

                      意地でも目を覚ましてもらえるよう

                      頭からお水でもかけちゃいます。

                      後から怒らないでくださいね。笑



                      こんな会話はしょっちゅう。

                      互いに半分本気の会話です。



                      確かに、人に迷惑をかける可能性がある。

                      けれど、私は思います。


                      迷惑をかける可能性があるからといって

                      全てに尻込みしているほうが迷惑をかけて

                      しまう。と。




                      ある講演会で上記によく似たことを

                      話したことがあります。



                      講演会中に急に意識が飛んだらごめんなさい、

                      と。

                      すると会場の方が、

                      「いいよ、いいよ!

                      その時はゆっくり寝ておいて。

                      僕らもここで昼寝するとします。」



                      「なかなかできない体験だねぇ」



                      「みんなで元気になる念を

                      飛ばす練習をしますよ」


                      みんな、言いたい放題でした。笑( ̄▽ ̄)






                      2.もう人を信用できない


                      これは、矢印を変えればいい。

                      人から信用してもらえる生き方を心がけて

                      いこう、と決める。


                      我々はは、自分が信用している人を

                      絶対に裏切りたくない、と思うものです。




                      因果の法則、です。

                      原因はいつだって「自分」



                      この人だけは裏切れない、という「果」を

                      受け取るにふさわしい生き方「因」を

                      意識して生きる。


                      これは、自戒の為に書きました。





                      3.生きていくのが不安


                      誰でも不安です。そういう世界。

                      だから、ここは一つ、お釈迦様の言葉を。





                      不安なまま安心しておく






                      ( ̄▽ ̄)


                      えー?何じゃこりゃ〜




                      と思いますね。笑

                      過去のブログで詳しく書いています。





                      光には二つある。


                      一つは目でみる光であり、


                      二つは心でみる光である。



                      目で見る光とは、陽の光のことであり、


                      心で見る光とは○○…である。




                      さて、と。長くなりしたね。


                      この「○○…」


                      実は

                      ここに入る言葉は短いのですが

                      意味はとても長いのです。




                      言葉は、「智慧」





                      意味は、


                      学びによって得る

                      この世の在り方を正しく見抜く力、そして

                      そこからブレない生き様、です。




                      ザックリとお返事しました。

                      何かを感じ取ってくだされば幸甚です。


                      後でお電話します。




                      あなたが感じられているように、

                      確かに私は、アッケラカンとしています。

                      カッコよく言い換えると、

                      「受け入れている」と言っちゃいましょうか。



                      不安で一人涙することがあるか?の問い。

                      過去、ありましたよ。随分と過去ですが。

                      仕事の責任と体力のバランスに自信をなくし

                      今のうちに、とひたすら仕事を前倒しで

                      増やしたことも。


                      今は、不安のカケラもありません。



                      むしろ、ワクワクしかない。



                      何がそうさせたのか。それはたった一つ。

                      本気で死を受け入れたからです。





                      陽の光によって外界は照らされ、

                      悟りによって内を照らす。






                      そうありたいものです。


                      瀧本、まだまぁ〜〜だ修行です。笑笑

                      えらいこっちゃ〜



                      それでは素敵な一日を!


                      このブログを読んで、その想いを書いてくれた

                      弟子のブログがコチラ↓

                      https://ameblo.jp/shinkaikantei/entry-12601995453.html 


                      とても嬉しく思います。

                      …光静…


                      昨日、久しぶりに体を起こせたので

                      イタリアンレストランへ。アハハ


                      マンモスというワインを頂きました。

                      これはいい!すごーーく美味しい!




                      なんと、そこのマスター、

                      kouseiブランドのお財布を愛用して

                      くださっているのですが、


                      買った翌週にロト6で大当たりしたそうを

                      金額を聞いて私もビックリ!

                      お礼として、すごーいお料理を

                      出してくださいましたよー。わーい!


                      それと、


                      最近のお気に入りグッズ!

                      デスクシート!Amazonで500円。

                      消しゴムのカスが飛ばない!


                      そして、卓上のものをまとてめ

                      サッと部屋から部屋へ移動もできる。


                      丸めて保管できる。


                      素晴らしいです、ほんと

                      プチ悟りの領域ですよ、コレ!笑



                      急に娑婆的な話しですね。笑笑









                      おしょーにん * - * 11:22 * comments(0) * -
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