そこに居たから、ということ

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    瀧本です。

     

     

    今朝の決め文句

     

    「そこに居たから」

     

     

    朝ランは気付きの宝庫だ。

    さっきのこと。

     

     

    サクっと3キロラン。

    終了間際にコンビニに立ち寄る習慣。

     

    ふぅ〜・・と一息。タオルで汗を拭いてから

    入店しようと立ち止まったら、

    入り口の前でプチ論争が起きる瞬間に居合わせた。

    商品搬入の業者のお兄さんと、論争相手は

    店で買い物をしたお客さん、と推測。

     

     

     

    なんで私がそんなことしなきゃダメなのよ!

     

     

    オバサンが怒った。

     

    (オバサンと書いたけど、明らかに私の方が

    年齢的にオバサンだと思います。(笑))

     

     

    スミマセン、スミマセン・・と

    お兄さんは平謝り。

     

     

    (ど〜したんかな?)と思った・・・はずが、

     

     

    「どうしたん?」と言ってしまってた。

    心の声は、いつも外へもれる。

    だから私は多分、「心の声」たるものは

    持っていないと思う。(笑)

     

     

    今、書こうとかな〜と思っている内容は、

    「瀧本、いい人と思われたがってるんじゃね?」って

    思われる感じの内容になりそ。ま。いい。

     

    すごくBIGサイズの気付きをしたのでシェア。

     

     

    私より若いオバサンが

    「この人、ちょっとどけって、私に言うたんよ。

    なんでそんなこと言われなアカンの」

     

     

    『へぇー・・・・(-.-)』

     

     

    で、お兄さんの方を見ると

    「いや、そんな言い方では・・・」

     

     

    『じゃ、どない言うたん?(..)』

     

     

    「通してください、と。」

     

     

    見れば、お兄さん。台車を押してる。

     

     

     

    どこに問題があるんや?('_')と思いました。

     

    多分、朝から機嫌がプチ斜めなお客さんと

    お兄さんの素っ気ない「通して」の言い方が

    ご縁で重なってしもたんやろうな・・

    ここに発生している一番おおきな問題は

    人生で貴重な朝の時間をムダにしてることに

    気付いてないことやなぁ・・・・

    と思いました。のはずが

     

     

     

    言うてました。( ̄▽ ̄)

     

     

     

    はい!解散!と言って、炭酸を買いに

    入店。ドリンクコーナーへ。

     

     

    すると、面白い光景が。

     

     

    工事現場の職人さんっぽい人が

    ポカリや水をガッサガサと籠へ投げ入れてる。

     

    両手でわしづかみ。4本ずつ投げ入れてて

    足元にある2つの籠はまもなく山盛り。

     

    両手で作業しているから、その都度、ガラス扉が

    閉まりかけるので、肩や、膝でおさえてる。

     

     

    冷気がバンバン流れ出てて気持ちいい。

     

     

    (こんなにたくさん飲むんか。すごいなぁ。

    炭酸、一本だけ残しといて欲しいなぁ・・

    扉、おさえておいてあげよかな)

     

    の心の声も漏れ、

     

     

    「あ、えらい、すんませんな。(笑)」

    の返事がどっちなのかわからないから

    扉を持っておくことにした。

     

     

    3籠目が登場!( ̄▽ ̄)マジかー

     

     

     

    無事に見届けて、3籠持ったオジサンの後ろに

    炭酸一本だけ持った私がレジに並んだ。

    オジサンのレジの順番がきたときに

    ヒョイと私の炭酸をとりあげて

     

     

    「これ、先にレジ打ってくれや」と店員さんへ。

     

     

     

    「お礼させてもらっといたら、今日の現場、

    事故ないと思うわ。ガハハハハハーー」

     

     

    私もこんな笑い方かな?と

    よく似た笑い方を眺めた。

     

     

     

     

    コンビニをでたとこで、

    すぐに炭酸をあけて飲んだ。

     

     

     

    プッハーーーー!と顔をくしゃくしゃにして

    味わってたとき、目があったのは、搬入のお兄さん。

    まだいた。笑

     

     

     

    「さっきはども。ありがとうございました。」

     

     

     

     

    頭を下げる、というより、顎を突き出す感じで

    お礼をいってこられた。


    顎をチョンチョンと突き出す仕草は

    イマドキか?


    ま、これもまた言葉にでてました。

     

     

     

    朝のコンビニで

    2人の人から感謝されるという貴重な体験。

    ありがとう、と言って頂けることを

    自分ができた朝。

    気持ちいい。

     

    ふと思いました。

     

     

    私達は

     



     

     

    意味を探しすぎる

     

     

     

     

    なぜ、これをしなきゃダメなの?

     

    なぜ、働かなくちゃダメなの?

     

    なぜ、勉強しなきゃダメなの?

     

    なぜ、手伝わなきゃダメなの?

     

    なぜ、なぜ、なぜ、なぜーーーー!!

     

     

     

     

    今日の私。

     

    なぜ、コンビニ前の論争に顔をはさんで止めたの?

     

     

     



     

     

    そこに居たから

     

     

     

     

     

     

     

    なぜ、職人さんの買い物の助手をしたの?

     

     

     

     

     

     

    そこに居たから

     

     

    それだけ。

    他に理由がみあたらない。

     

     

     

    仏教は言います。

     

     

     

     

    なぜ生きるのか?

     

    それは

     

     

     

     

     

    生きているから、生きる。

     

     

     

     

    生きることに意味などない。

    全細胞が、今日も働いてくれるから

    今日も生きる。

     

     

    なんてステキな事実でしょう。

     

     

     

     

    もう生きていたくない、と

    人は時に、細胞の活動を望まない心境に

    なることがある。

    望まないのに活動をする細胞たち。

     

     

    そして、どうか止まらないでくれ、と

    心から願っても、いつか細胞は活動をやめる。

     

     

    我々は、自分の命を決められない。

    自分の命だけれど、その命を決める権限がない。

     



     

    なんてステキな事実でしょう。

     

     


     

    生かされているから生きる。

     

     

     

    そういうことなんだ。

     

     

     

     

    人は意味を知りたがる。

    探し過ぎる。

     

     

     

     

    今日は、な〜んにも意味を探さずに

     

    「ここに居たから精神」で生きよう。

    そんな毎日がいい。そう思う。

     

     

    それではステキな一日を!

    ・・・光静・・・・


    修行あけ直後の写真が出てきました。笑

    身延の道場前で師匠と。


    若い、細い。。。顔が小さい。。( ̄▽ ̄)

     

    前から思ってたんですけど


    なぜ歳をとると顔が大きくなるんだ?笑




    一体全体、



    なぜなんだーー!







     

     

     

     

     

     

     

     

     

    おしょーにん * - * 08:29 * comments(0) * -

    例え話が大切、ということ

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      瀧本です。



      お釈迦さまのアイドル級の人気ぶりに

      嫉妬していた隣国の王が

      ある日ケンカをふっかけてきました。



      「やい!お前!

      お前なんか単なる目立ちたがりの

      クソッタレやでー」



      実際は、本当に酷い言葉だったそうですよ。


      あまりに酷いので、

      その内容をぼかしている文献もあったり。




      しかも、どうやらその王は、

      巧みな表現力で熱弁するので

      王の言葉に信念が揺らぐ弟子もいたとか

      なんとか。



      そんな散々な言葉を、お釈迦さまは

      静かなたたずまいで聞いておられました。




      機関銃トークがおさまったあたりで

      お釈迦さまの知的な反撃の幕開け。



      いや、反撃じゃないですね。笑




      導き



      です。




      「ちょっといいかな、王さん?」





      「あなたの家に大事な客人が来るときって、

      あなたなら、どないするん?」



      『え?そりゃあ、あれやで、

      立派なディナーを用意するでぇ。

      やっぱりサラダから出すかな。』



      こんな言葉じゃないと思いますが

      今日はこんな感じで書きたいので。笑




      「へぇ。サラダからなんや。

      食前酒も出すのん?


      ってか、ほんじゃ、聞くけど、


      その客人が、

      今、いらんわ。ゴメン、食べたないねん、

      とか言って全く箸をつけへんかったら、

      その料理、どないするん?」




      『え?そんなん、そら勿体ないから

      自分で食べるに決まってるやん。

      なに言うてんのん、アホか』






      ここでニヤリとお釈迦さま。



      「そやろぉー。




      あんたが相手に用意したモノを


      相手が受けたらへんかったら


      結局、自分のモノとして


      後で片付けなアカンよなぁ。




      その言葉がそやねん、




      僕、その言葉のフルコース



      一切受け取らへんから



      それらはすべて




      あんたのモノやし。



      持って帰ってな〜



      ほな、おつかれェ〜」




      ……


      これ、お釈迦さまの話術。

      その後

      王は弟子入りしたそうですよ。笑



      お釈迦さまは、

      説教ではなく例え話によって気付かせて


      質問を投げかけて、相手の口から

      どうあるべきかを発見させる達人〜。



      人は



      説得されたくなくて





      納得したい生き物




      似てるとけど大違い。

      ( ̄ー ̄)




      トゲなく、わかりやすく、納得するように

      伝える。クーーーッ!大切!大事!




      是非とも習得したい話術。



      子育て、人材育成、あらゆる場で

      幸せの輪が広がりそうですね。



      例え話力&質問力!



      うーん!養いたいですね。



      それでは素敵な一日を!

      ……光静……











      おしょーにん * - * 10:20 * comments(0) * -

      弟子の偉業!

      0

        やった!


        素晴らしい!




        瀧本です。


        弟子の美千光が、100日連続して

        仏法の曲を作曲!


        昨夜がラスト収録でした。


        私の家でライトアップして撮りました。




        100日連続!



        100曲!



        この偉業を達成した彼女は

        今日からどんな景色が見えるのか。


        ラジオで

        じっくりインタビューしたいと思います。



        まず、見てください!この動画を!

        https://youtu.be/NWTzMcOss5g 


        出会ったときは、会話もなく、

        目を合わせることもほぼ無く。


        だから彼女が演奏家であることも

        知りませんでした。


        長い説明はいらないですね。



        曲名と音を聴けば全てがわかります。

        彼女の人生の変貌が!



        曲名



        美しい千の光




        これですよー!どうぞ!


        https://youtu.be/NWTzMcOss5g




        ミチ、おめでとう!


        そして



        ありがとう!

        絵にしてみました。




        おしょーにん * - * 16:01 * comments(0) * -

        他人の言葉、ということ

        0

          瀧本です。



          昨日の夜、

          私が何気なく質問した内容に彼は






          コーセーさん





          それ、




          スゲーーー!!





          と。笑笑


          ………


          とある新企画を考え全力で挑み、

          結果はいわゆる未達成だったそう。

          落ち込んでる。



          「でも、やっぱり僕って




          詰めが甘いんですよぉ。




          柔軟剤がないというか、




          今一つ機転が利かない〜」





          彼がこう言ったあと

          ヒョイと質問したんです。




          「あのさぁ、


          それらの感想というか、反省というか

          批評というか、それらって






          誰が言わせてるん?









          あんた自身は



          どう思ってるん?




          ………


          私達の価値観や、判断する基準って

          過去において、どっかから入ってきた




          他人の価値観




          であることが多いんですよねー。




          どっから、いつ、入ってくるのか。

          これの殆どが幼少期の親の言葉。




          恥をさらすようですが、

          例え話に私の実話を。笑えます。



          私が小学生に上がった頃だったかな。


          あるTVで、素人の夫婦が登場。ラブラブ。笑

          放送中、夫婦は手を握っているので

          司会者がイジリまくってました。



          そのシーンを母親と一緒に観てたとき



          「人前で手を握るなんて


          ハシタナイ!




          とポロリと言った言葉。


          なんでハシタナイのか?と抱いた疑問は

          追求されることなく

          その言葉は疑いもなく私の「人生ルール」

          に加筆されました。( ̄▽ ̄)

          親の言葉は全面的に採用されました。


          これが後に、大事件を引き起こします。




          小学生になって初めてのダンスの授業。


          それは






          マイムマイム!




          大きな輪になって

          マイムマイムマイムマ〜イム〜

          マ、イ、ムちゃっちゃっちゃッみたいな。笑

          サッサッサ?なのかな?

          どっちでもいいので、Google先生に

          聞かずに書いてます。




          男女交互に配置されて輪になる。



          手を繋いだまま、前後に動いたり

          皆でカニ歩きして輪を回すダンス。


          みんな、スタンバッてました。



          大事件はその時、起きました。






          「ハシタナイ!」




          ペシッ




          と、ペアの男の子をシバイてしまったんです。

          しかも、左右にいるメンズを。笑笑

          私の手を握ろうとしてきた左右のメンズを

          瞬間的にシバく、という、まるで

          アクション映画のような事件でした。

          ちょっとカッコいいです。





          男の子達は号泣。

          私はアッケラカンとしていました。

          先生が駆け寄り、謝るように言われたけれど

          サッパリ意味がわからなかったですね。笑



          後にこの「手を握るのはハシタナイ」

          のルールが改正される出来事が起きました。



          それは




          チャーミーグリーン



          のコマーシャル。





          坂道を老夫婦が手を握ってスキップする

          有名な食器洗剤のCM。



          あのCMをみた母親が






          あんな夫婦、いいねぇ





          うっそ〜〜!!

          あなた、ハシタナイって言ってたやん!

          だから以前にメンズをシバいてしもたやーん!




          色んなことを思考できるようになっていた私は

          母の心を推理。



          別居していた両親。

          仲の良い夫婦を見たら、

          何となく心がチクっとして、否定的な言葉

          の一つも言いたかったのかも。

          でも、本当は自分はそうありたかったり。



          ま、人の心は揺れ動くのか。




          それを学んで、無事にルールは改正されました。



          くだらない例題でしたね。笑




          文頭に書いた新企画に挑んだ友人の話しに

          戻します。




          彼に言いました。



          新企画を発案して挑戦。

          未達成だったからこそ課題が見えたはず。


          自分の人生に事例がない初挑戦。

          それを


          詰めが甘かった、とか

          機転が利かなかった、とか。

          そんなんちゃうんちゃう?


          詰める箇所とか見えるわけないし。

          機転を利かせる箇所を見つける為の

          1回目の挑戦なはずやし。

          なのに


          「事を一発でなし得ないのは低評価」



          ってのは




          誰の言葉なん?





          即答の彼。


          どハマりしている、なんとかっていう

          アニメの主人公だそうで。


          何事も一発でキメまくる

          かっちょいいメンズらしい。

          アニメかぁーーーい!



          ………


          私達の心は、色んなところから「基準」を

          拾い集めてきて、自己の形成をします。


          それがとても良いこともあるし

          反対に苦しめてくることもあります。





          清らかな言葉に


          常に触れておきなさい。


          それらがあなたになる。





          常にお釈迦さまがこう言われていたのも

          納得しますね。( ̄▽ ̄)

          ムツカシイケレド。。。



          もし、自分を責めてしまう時があれば

          一度、問うてみるのがいい。





          これ?



          誰の言葉?




          そして




          じゃ、私は



          どうありたいの?


          ………



          昨日の昼間、面談をした女性。

          離婚をした後、自分のためのお金は

          一円も使ってはいけない、

          楽しんではいけない。。と

          何一つ買わずに、カフェさえ入らず

          何年も自分を責め頑張ってきた彼女。

          ポロポロと涙を流してました。



          過去に築いたルールを書き換え、

          今週末、豊かな時間を一緒に過ごすことに

          しました。




          自分の心って、ホント厄介。( ̄ー ̄)


          他人がウジャウジャ。

          他人の意見が混ざり合ってて

          なかなか「本当の自分の言葉」

          が見えないものですね。



          仏教は、そんな心の「取説」なのです。


          しっかりお勉強していきたいものです。



          それでは素敵な一日を!

          …光静…









          おしょーにん * - * 09:54 * comments(0) * -

          世界は人の数だけ、ということ

          0

            瀧本です。


            ちょっと笑えるお話を今朝は。


            昨日は弟子たちが家に集まる日。


            「コンビニに行ってくるから

            ちょっとここで待っておいて」と


            早めに来てくれた弟子にロビーで

            待つようにお願いをして外へ。



            二重の自動ドアを出た瞬間に

            お???なんだ??




            ジリリリリーーーッ




            向かいのマンションから

            防犯ベルがけたたましく響いてた。



            数名の通行人が立ち止まって見上げてる。


            煙とか出てたらどうしよう、と

            私も見上げながら徒歩3分ほどのコンビニへ。


            数分滞在で出てきたとき、




            あ?

            もうベルは止まったな。よかった。



            何だったのかな?と思いながら

            マンションへ戻っていると



            あれれ?




            よーーく耳に入る音に集中してみると

            なんと、ベルは鳴り止んでいなかった。



            音が小さくなっていたわけでもない。



            私の脳が、すでにその音をキャッチしなく

            なっていたのだ。



            沖縄チームの法友との会話を思い出した。


            先月、

            沖縄の首里城の庭園を歩いていたとき




            ゴーーーーーー



            と、青空を揺らすような大きな音が響きだし、

            会話が聞き取れない現象がおきた。



            えーー!なに?わぉ、怖い!



            とキョロキョロする私を見て

            法友が「え?何が?」という。



            この地響きみたいな音、何?



            段々と大きな爆音になって体に響いた。



            空を見上げていると、

            そこに見えたのは戦闘機。

            通り過ぎても余韻は続いた。



            法友が

            「そうかぁ。僕らは日常なので、この音は

            聞こえなくなってるんですねぇ」



            我々の脳が成しえる、朝飯前の現象。



            私達の脳は

            頻度高く、定期性をもって体験するモノは

            危険性ナシ、とみなして注意を払わないように

            設定されている。



            こんな会話を思い出しながら

            まだ立ち止まって見上げている人の合間を

            ヒョイと縫うように通り抜けるとき




            その中にいたおばあちゃんが気になった。

            少し震えるような両手を頬にあてて、

            とても心配そうな顔をしてポツリ言った。








            あの部屋の人、





            まだ起きられへんのかねぇ








            おばあちゃん、そっちちゃうから。


            そんな目覚まし時計、ないし。


            あったらコワイし。




            弟子達に話すと

            ドカンと大笑い。




            何を見て、何を考えるかは

            人の数だけ「世界」がある。



            学んでしまいました。

            おばあちゃん、ありがとう。





            世界は人の数だけ





            人間関係のもつれは

            この認識が甘いから。

            覚えておこうと思った。笑


            それではステキな1日を!

            …光静…


            私の法話をきいて、

            そこからのイメージを作曲し

            100日連続チャレンジをしている弟子の美千光。


            彼女の世界観では、こういうイメージが

            広がったんですね。


            先日のブログを読んでくれた後

            発表してくれた曲がサイコー!

            ぜひ聴いてください

            https://youtu.be/izut67_KxY4 





            おしょーにん * - * 09:17 * comments(0) * -

            見えない時がある、ということ

            0

              瀧本です。

               

              リビングの窓を開け放していると

              色んな虫が入ってくる。

               

              以前、窓を開けたまま外出。

               

              戻ってくると、なんと部屋の真ん中に

              ハトが歩いていた。

              レッドカーペットにハト、という光景。

               

              すごく楽しい、かわいい( *´艸`)

               

              と思ったのも束の間、

              驚いたハトは逃げようとして

              ガラス窓に向かってバっと飛んだ。

               

               

              ガチーーンとぶつかる。

               

              すごい精神的ショックだったと思う。

               

              私の家のリビングの窓は天井からフロアまで

              巨大なガラスでしかも窓枠がない。どうやら

              ハトにはそのガラスが見えないのだ。

               

               

              私がいると怖がってさらにぶつかるので

              奥の部屋に身を隠して時間をあげることにした。

               

              少ししてそーっと覗くと、まだいる。

               

              気付かれないように見守ること15分ほど。

               

              何度も窓ガラスをコツンコツンとクチバシで

              叩きながら横歩きして、

              ついに入ってきた窓に到着。

               

              突然ひらけた空間がやってきたことで、ハトは

              「あぁビックリした」と絶対に思ったやろなぁ、

              と推測できるリアクションをみせて

              テラスへ出ていった。

              トラウマにならなかったらいいけど。。笑


               

              この窓は、どうやら虫や野鳥たちには

              大迷惑な構造らしいことが、

              引っ越しをしてすぐに判明。

               

              どう見ても、外と通じているように見えるから

              脱出に失敗した虫たちの亡骸が、

              窓のコーナーに集まってしまう。

              ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

               

              今朝こられた相談者は40代男性。

               

              仕事でなかなか結果がでなかったが

              なんとか自己流を見つけて

              それなりにキャリアを積んできた。

              組織変更で、従うTOPが変わったとき

              今までの作業を全面否定され、

              新たな工程でやるように言われ困惑。


              自分のプライドが高すぎるのは分かるが

              相当の努力をして見つけた我流を

              そう簡単に捨てられるものじゃない。

              どうにもやる気が戻らず、怒りばかり。

              「怒り」に定着している心を変えたい。

              ・・・・・・・・・・・

               

              最初にこのハトのお話しをしてから

              言いました。

               

              新しいTOPは、あなたの前にあるガラスが

              見えているのだと思います、と。

               

              あのハトが、かたくなに

              ここを通れるはずだ!と頭突きを何度しても

              通過できないのと同じ。

               

              もしハトが

              クソッ!こんなにも努力したんだから

              そろそろ向こうへいけるはずだ、と

              執着からその場を離れられなかったら

              いずれその場で横たわることになる。

               

              ガラスの前にいる者には

              ガラスは見えないものです。

               

              ・・・・・・・・・・・・・・

               

              私達僧侶は、

              決して一人で修行をすることはなく

              また、同僚同士だけが集まっての修行も

              しないんですね。

               

               

              かならず指導者がいる元で修行をします。

               

               

              どれほど志高く修行者だけが集まり行っても

              かならず偏りがでて、気付きに至らず

              盲点だらけになるからだと聞きました。

               

               

              実際、道場にいた頃は、厳しい教官が

              たくさんおられたにも関わらず、

              自分はこうしたいのに・・といった

              我流を作り出そうとする心が出現しました。

              修行中にですよ、笑っちゃいますね。

               

               

              もっと愚かな笑い話をいうと

               

              修行中は各班に分かれているのですが、

              あの班より我々の班のほうが優れている、とか

              あっちの班は行動が遅い、など

              普段の生活では考えもしなかった思考が

              顔をだしたものでした。

               

              しまいには、

              指導者の発言を変えようと

              デモがおこる寸前までいきました。

              愚かさにもほどがあるでしょ?

              怖すぎます。( ̄▽ ̄)

               

               

              人の心は常に自分を通そうとし、

              それが叶わなければ

              どこかにはけ口を探して悪さを働く。

               

              清らかなはけ口ではなく

              「怒り」をはけ口にしてしまうんだよ。

               

              お釈迦さまの言葉です。

               

               

              まんまとその通りに動く心を客観視さされた時は

              唖然としました(笑)

              なんつーおバカなんだ!と。

               

               

              お、ちょっと話がそれましたね。

               

              つまり

              信じ切っている自分の進む方向や

              こうだ、と思い込んでいる思考に対し

              これでいいのかな?という

              問いを入れることが大事。

               

               

              そして人の意見を、助言として

              そのまま受けてみる。

              まずは受けてみる。

               

               

              過去に積み上げた努力やキャリアがあるほど

              目の前のガラスは見えなくなるのだと

              思います。

               

              ガツンガツンぶつかっていませんか?(笑)

               

              これでいいはずだ!

              間違えてない!の強気を少し休憩。


              たんこぶだらけにならないよう

              失神してしまう前に、執着をはなれてみる。

               

              耳を澄ませば、まわりには助言が

              たくさんあるものです。

               

              それではステキな一日を!

              ・・光静・・

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

              おしょーにん * - * 11:49 * comments(0) * -

              その時の手玉で、ということ

              0

                瀧本です。

                 

                 

                友人が来ることになっていたある日、

                味わい深いヘルシー野菜鍋をつくろう、と

                野菜をザクザク切ったのはよかったのですが

                なんと、ダシがない。何もない。

                 


                茹でるだけのポンズ鍋も悪くはないけれど

                すでに頭は、鍋の出汁ごと楽しめるお鍋を

                想像してたのであっさりポンズは物足りない。

                 

                もうすぐ来る時間なので、買い物に行けない。

                 

                そこでヒラメキ。


                さて、どうなるか分からないけでやってみよ、と

                冷凍庫に眠ってた色んなお肉や、

                欠片みたいな余り物の玉ねぎ、にんじん、

                ジャガイモ、煮干し、キャベツ等を

                圧力鍋で煮込んでみた。

                まるでカレーを作るようですね。(笑)

                 

                目的は変わらず野菜鍋。その出汁つくり。

                 


                ザルにあけてみると

                マジですかー?これ!料亭ちゃう?

                といいたくなる出汁が完成。ヤバいです。

                 

                 

                その出汁でさらに野菜を鍋で煮る。

                ヤバかったです。絶品すぎ。

                出汁用に煮た材料は翌日の味噌汁に変身。

                 

                 

                それ以来、調味料ダシを入れる、という行為は

                私の料理からは消え去り、そのかわりに

                破片のようなサイズでも、お肉や野菜は冷凍して

                保存しておくようになりました。

                 

                 

                ・・・・・・・・・・・・・・

                ご相談内容

                 

                何か良いことがあると、

                あぁこれもすぐに終わってしまう、と

                不安になったり、何も起きていなくても

                不安になります。こんな自分を変えたい。

                マインドフルネスという言葉を知り

                今に集中すれば不安は感じない、と

                色んな人が書いていますが、

                一向に不安は消えません。

                (49歳女性Hさん)

                ・・・・・・・・・・・・・

                まとめると、こういう内容です。

                 

                さて、と。

                 

                確かにHさんの言う通り、

                マインドフルネス瞑想をしっかり行えば

                不安、という魔物が心に発生しないです。

                ってか、発生できないんです。だから

                大賛成の方法ですね。

                 

                ただ、そうはいっても

                不安な状態になっている方が

                一人で瞑想を練習するのは、ハッキリ言って

                か〜なり難しいと思います。

                 

                先日私の家で開催した「あった会」という

                法話会に参加してもらえたらよかったのにな〜

                と今、猛烈に残念に思ってしまってます。

                 

                瞑想に特化した法話会になりましたが

                皆さん唸るように納得されてました。

                また、機会があれば詳しく書きます。

                 

                今日は、ちょっと他のお話しで

                不安な心の対処方法をお伝えしようと

                思います。

                 

                 

                「今に集中」の狙いは

                すぐに未来へ移行する思考を捕まえておく為。

                「未来」には不安が渦巻いてますから。

                 

                 

                ちなみに「過去」に思考を合わせてみると

                怒りや後悔がからみあってきます。

                 

                 

                未来思考ゆえに生まれる魔物


                こうなったらどうしよう、

                あぁなったらどうしよう、

                という不安達。これらの魔物と

                真っ向から勝負すると必ず負けます。

                 

                 

                増殖率がえげつないです。(笑)

                尾ひれはひれがすごいすごい。

                 

                 

                じゃあ、どうするのさ?ってことですが

                勿論、瞑想はコツコツ練習をするとして

                 

                望ましくないことが起こるような想像を

                抱いてしまったときに魔法の一言を!

                 

                 

                 

                 

                その時に考えよう

                 

                 

                 

                です。

                は?なんじゃそりゃ?くだらね、ですね。

                いやいや、違います。

                ここで間違ってはいけないのは

                「その時に考えよ、なんて

                今に心をむけるため、とりあえず先延ばしに

                しておこうってことか」みたいな

                苦し紛れの誤魔化しではないよ、ということ。

                 

                 

                 

                 

                 

                その時にふさわしい対処法は

                 

                その時にしか存在しないから

                 

                 

                 

                 

                 

                です。

                こんなエピソードがあります。

                 

                ある修行僧が村を通りかかったとき

                小さな猿が井戸におちているのを発見。

                幸い井戸の水は干からびていました。

                 

                手を伸ばしても届かない。ロープもない。

                長い枝をみつけ、差し伸べても無理。

                 

                そこで思いついたのは、自分の衣を切り裂き、

                幾度もむすびつなげてロープを作ったのです。

                 

                けれど、それでもわずかなところで

                猿が掴めるところまでは垂らせなかった。

                 


                他にはにがある?



                 

                修行僧はまわりを見渡して智慧を

                しぼりました。

                 

                するとなんと、そのあたりにある落ち葉や枝を

                ワサワサと井戸に投げ込み始めた。

                 


                一見、とてもひどい行為に見えますね。

                 


                どんどん投げ込んでいくうちに

                猿はその投げ込まれてくる落ち葉を踏みつけ

                井戸の底が持ち上げられたのです。

                 

                 

                ついに、衣でつくったロープに手が届き

                猿は自力で這い上がってきた、というお話しです。

                 

                どれほどの喜びだったことでしょうね。

                 

                 

                 

                 

                その時にふさわしい対処法は

                 

                その時にしか存在しない

                 

                 

                 

                 

                 

                なにか事が起こったとき、その場において

                まわりにどのような縁が巡っているのかは

                「今」という時間軸では見えない、ということ。

                その時にしか存在しない縁です。

                 

                 

                 

                 

                冷静に物事をみよ。

                 

                 

                その時にもっともふさわしい思考を

                 

                巡らせなさい。

                 

                 

                 

                お釈迦さまの言葉です。

                その時、その時にふさわしい思考を巡らせる。

                そう決めておくと、不安を抱くこといが

                いかに無意味であるか、がわかりますね。

                 

                 

                養っておくべきは

                 

                 

                発想の転換と代案力

                 

                 

                 

                です。これを学んでからは、

                なにかハプニングがあると

                 

                「うわ〜、やべ〜」

                の、やべ〜部分が進化して

                 

                「うわ〜ワクワクする〜」になりました。(笑)

                 

                新たなアイデアが生まれようとしている

                まさにその瞬間だからです(笑)

                 

                 

                そうして、ダシがなかったお蔭で

                瀧本の美味しいお鍋は生まれましたとさ。

                めでたしめでたし。( ̄▽ ̄)

                 


                Hさん、

                不安を抱いたときは、

                ま、その時に考えよっと!と

                言ってみてください。


                それがベストな対処法。

                 

                自分の手玉で

                人生はなんとかなるものです。

                 

                それではステキな一日を。

                ・・・光静・・・

                 



                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                おしょーにん * - * 11:31 * comments(0) * -

                足るを知る、ということ

                0

                  瀧本です。


                  「雨」を書きたくなった。


                  止まない雨音をきいていて、

                  ふと自分の心を振り返った。



                  あ、コレいいな、とか思うと


                  もっと欲しいな、という欲が顔をだす。


                  逢いたい人がいると

                  もっと逢いたい、とか思う。




                  けど、何事も

                  過ぎてはいけない。過ぎてはいけない。



                  天よ、

                  何か意図があるのか。

                  あなたも単なる欲なら、もう充分。今季は。


                  大切な友達、

                  どうか、無事でありますよう。


                  …光静…






                  おしょーにん * - * 20:24 * comments(0) * -

                  言葉を一定に保つ、ということ

                  0

                    瀧本です。

                     

                    弟子が贈ってくれた

                    プリザーブドフラワーを指さして

                    「見てごらん、これ。綺麗でしょ」と、いうと

                    「生花のほうが良くないですか」と彼女はいう。

                     

                    「この部屋は陽当たりが良すぎて

                    室内でも日焼けするんよね」

                    と言うと「陽が入らない暗い部屋より良い」

                    ときた。(笑)

                     

                    オモシロくなってきた。

                     

                    もう一回だけ投げかけてみることにした。

                     

                     

                    「お土産にくれたこのお煎餅とてもおいしいね」

                    にしてみた。

                     

                    「普段はあまり食べないのでわかりません」

                    がきた。

                     

                    さらにもう一回検証。

                    「おやつって食べないの?」

                     

                    「太りたくないんで」と。

                     

                     

                    25歳女性。母親と一緒に来た。

                     

                    対人関係に問題がある、と

                    小学生の時から担任に言われ

                    あらゆるカウンセリングや専門家を経てここへ。

                     

                    すでに1時間お話ししたあと、

                    梅田で友人と約束があると言って、彼女は先に退室。

                     

                    母親との個人面談になった。

                     

                    おおすじの相談内容はこう。

                     

                    思春期あたりから対人関係がもつれてばかり。

                    人との会話を楽しむことができず

                    何かとトゲのある反応をする。

                    友人はおらず、職場でも上司に同じ態度。

                    親として我が子の将来が不安。

                    幸せな結婚もしてほしい。

                    精神科医の先生に瀧本先生のことを聞いた、と。

                     

                     

                    娘と私との1時間の会話を聞いて

                    どう思ったのかを母親へ質問すると

                     

                    「あの通りとにかくワガママで、

                    相手の言葉を素直に受けることをしない。

                    先生、なぜいつもマイナス思考の中で

                    あの子は生きているのでしょうか。」

                     

                     

                    さて、と。

                    ブログにこの面談の全貌を書こうとすると

                    一冊の本ができてしまうので

                    今回は結論だけ記しておこうと思う。

                     

                     

                    私が母親へ返した一言で顔色はかわった。

                     

                     

                    「彼女はマイナス思考の中で生きているのでは

                    ないですよ。

                    彼女が生きているのは

                     

                     

                     

                    「過去の中」です。

                     

                     

                     

                    その過去というのは、

                     

                     

                     

                    あなたが彼女へ言った言葉

                     

                     

                    のこと。彼女はマイナス思考のつもりではなく

                    ああいう反応しか知らない。

                    それは、あなたが教えた反応。」

                     

                     

                     

                    私は母親に納得してもらえるよう

                    母親の心にタネを一つ撒いておこうと思い、

                    こう言ってみた。

                     

                     

                     

                    「このお煎餅、つい勢いで

                    3枚も食べてしまったけど、実は・・

                     

                     

                     

                    全くおいしいとは思わない」

                     



                     

                    と。

                     

                     

                    え・・・・・?

                     

                     

                     

                    種を撒いてから以下を詳しくお話しした。
                     

                     

                    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                    我々は幼少期に養育者との関わり方によって

                    その後の対人関係、距離の取り方を習得します。

                    その習得結果はストレンジシチュエーション

                    といって大きく4種類に分けられる。

                    ブログでは難しい説明は省略するとして、

                     

                     

                    例えば、

                    お皿をキッチンまで運んだら

                    母がとても褒めてくれた・・

                    すると子供は、チャンスあらば自ら進んで

                    お皿を運びたくなりますよね。

                    また褒めてもらいたいから。

                    そして褒めてもらえるといい気分です。

                     

                    子供はそうやって、スクスクと

                    自己肯定感を築き上げていきます。

                    自己肯定感を育めた子供は、

                    自分だけでなく、他人を受け入れることも

                    できるようになる。そして

                    自分は愛される価値がある、と自覚して

                    生きていきます。理想的な人格形成ですね。

                     

                     

                    ところが

                    自己肯定感が構築できないケースがある。

                    それは養育者の「反応」にかかってる。

                     

                     

                    お皿をキッチンまで運んだら

                    すごくお母さんに褒めてもらえた・・

                    愛される手段を見つけた子供は、

                    翌日もせっせとお皿を運ぼうとします。

                    当然ですね。

                     

                    ところが、同じようにお皿を運んだのに

                    母親が何もいってくれない・・

                    または

                    「落とさないでよ。お皿を割らないで」と。

                     

                     

                    よし!褒めてもらえる、と

                    確信していた行動だったはずなのに

                    褒めてもらえないどころか、無視されたり

                    怒られたりする・・

                     

                     

                    このように、


                    養育者の反応が一定していない場合


                    お皿を運ぶ、という行為が

                    いい事なのかそうでないのか

                    人を喜ばせる行為なのかそうでないのか、の


                    分別ができなくなり


                    自己肯定感は育まれず

                    常に疑心暗鬼で自分に自信がもてない。

                     

                    愛される行動と相手を怒らせてしまう行動を

                    分けることができなくなってしまい


                    一貫した判断ができなくなる

                     

                     


                    子供だけではないですね。

                    我々大人だって同じ。動揺します。

                    子供も大人も誰もが承認欲求をもっています。


                     

                    一度、認めてもらったことは

                    二度目も承認されて当然、と強く期待する。

                     


                    だから相手の反応にバラツキがあると

                    小さなパニックをおこします。

                     

                    判断基準が崩壊してしまうのですね。

                     

                     

                     

                    今回、3人で会話を始めたとき、すぐに母は

                    娘へもっと大きな声で返事しなさい、と言い

                     

                    段々と心を開いてくれたあたりから

                    少しだけ笑う瞬間もあり

                    スムーズなやりとりになってきたとき

                    なんと母親は娘へ

                    「大きな声で笑うのはやめなさい」と

                    言ったのです。

                     


                    面談がはじまって10分もしない間の出来事。

                    母親が娘へみせる一定しない日常の対応が

                    どれほどの頻度なのかがうかがえます。

                     

                     

                    母へ質問しました。

                     

                    「私が、美味しいと言って食べたお煎餅を

                    おいしくない、と真逆の意見へ変えたとき

                    どうでしたか?」

                     

                     

                    これが撒いておいた種でした。

                    どうか理解してほしい、と祈る思いで。

                    すると母親は

                     

                     

                    『最初は、もしまた先生にお会いできるなら

                    この老舗の他の種類のも買ってこようと・・

                    けど、今は洋菓子がいいのかとか。。。

                    というか、何を買ったらいいのか

                    ちょっと怖いですね。

                    次は持ってこないかもしれません。』

                     

                     

                    よし、次回も!と思った歓びが

                    不安から恐怖へかわり、しまいには行動自体を

                    回避したくなったわけです。

                     

                     

                     

                    『あ・・・・・』と黙られました。

                    ご自分の心を観察され、険しい表情をしながら

                    納得されていくようでした。

                     

                     

                    その後、よく話し込んで

                    充分に理解してもらったと思います。

                     

                     

                    個人的なことですが

                    ストレンジシチュエーションを大学で学んだとき、

                    やっと、本当の意味で

                    母親を客観視できたように思います。

                    幼少期、褒めてくれたことを繰り返すと、

                    本当にずっと叱られていましたから、

                    母のことを得体のしれない人、

                    としか見ていませんでしたね。(笑)

                     

                     

                    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                     

                     

                    私達人間は、

                    自分の心の状態にまかせた発言を

                    しすぎる生き物だと思う。

                     

                     

                    心の安定時は物事を肯定的に判断できる。

                    けれど、不安定なときは、

                    評価がひっくり返ることがる。

                     

                     

                    大人の我々でも、他人から、

                    それいいね、と言ってもらえたバッグや

                    お洋服はお気に入りになるもので、

                    さらにそれが自分の「行動」に対して

                    褒めてもらえたりすると

                    その行為そのものをお気に入りとして

                    繰り返したくなる。人格形成の段階ですね。

                     


                    けれど、

                    そのお気に入りを作ってくれた相手から

                    後日、同じモノを否定されてしまったら

                    判断基準が崩壊してわからなくなってしまう。

                     

                     

                    だからこそ、仏教は

                    他人の評価を自己価値の指標にしてはダメだよ、

                    すべて自分次第だよ、という。

                     

                     

                    しかしながら、今回のケースは養育の段階。

                    絶対的非力な幼少期は、親が全てであるから

                    あらためるのは母親側、大人側の課題。

                     

                     

                    意外にも

                    友人とお茶をすませた娘が戻ってきたので

                    もう一度3人でじっくりと話し込みを。

                    とてもいい話し合いができたと思います。

                     

                     

                    私達は一喜一憂しながら生きてしまうため、

                    その都度、発する言葉の温度が違ってしまう。

                    言ったほうは覚えていなくても、

                    言われたほうは深く刻むものです。

                     

                    やはり何と言っても、

                    安定した心を養うことが大事。

                    安定した心が、安定した言葉をつくる。

                     

                    とはいえ、心を常に静寂にとどめるのは、

                    なかなか難題( ̄ー ̄)

                    けれど「安定した言葉」の方は

                    今すぐに実践を始められそうですね。


                     

                    なぜ一貫しない態度で養育してしまうのか、

                    についての養育者側を対象にした

                    あらゆる研究結果がありますが、

                    機会があればまた書いていきます。

                     

                    大学のノートを見直しておきます。

                     

                    中途半端な記事になりましたが、

                    今回、面談に来られた方は

                    読み直してくれると、ご自身を

                    客観視できると思ったので。


                     

                    もうすぐ面談の方が来られる時間。

                    なんと、85歳の方が。

                    有意義な時間になるよう努めたいと思います。

                     

                     

                    それではステキな一日を!

                    ・・光静・・




                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    おしょーにん * - * 10:56 * comments(0) * -

                    大きくなる、ということ

                    0

                      瀧本です。

                       

                      搭乗ゲートを入り、振り返ってみると

                      まだみんなが手を振って見守ってくれていた。

                       

                       

                      涙が出そうだった。

                      こんなに素敵なご縁を宇宙は与えてくださった。

                       


                      この世は寸分の狂いなく、因果の法則で

                      動いている・・とかなんとかを自分で講演して

                      おきながら、どこかで疑いたくなった。

                       

                      こんな「果」をうけとれる行いを

                      私はできてきたとは思わない。


                       

                      実は「結果の先どり」みたいな法則もあって

                       


                      (ほぉら!光静、

                      こんな素敵な結果を人生で受け取りたかったら

                      それにふさわしい行動をしないと取り上げるよ)

                       

                       

                      とかいう「結果先取りの法則」が存在。

                      そして、先に経験したのはいいけれど、

                      それに伴う行動がその後に見られなかった場合は

                      「結果返却の法則」みたいなのが作動して

                      全部取り上げられるのではないか??と。


                       

                      それはそれで、

                      なかなかいい法則かもしれない。

                      絶対に手放したくない素晴らしいご縁なら

                      必死で善行を積み上げるはずだ。

                       

                       

                      先生に会えて嬉しいー

                      本当に来てくれたんですねー

                      等々の言葉をシャワーのようにいただき

                       

                      そんなことを私が言われるのか?

                      私へ言ってくださっているのか?


                       

                      「よいか、光静。

                      相手がこのように感じてくださるよう、

                      そんな人間になるために精進しなさい」

                       

                      と、大きな課題を示したシュミレーション授業

                      を仏様が与えられたのかもしれない。

                       

                      今この時からブレない意識をもって歩もうと思う。

                       

                      沖縄の生き仏の皆さま、有難うございました。

                      ・・・・

                       

                       

                      大きなジンベイザメが

                      目の前を優雅に行きかうカフェ。

                       

                      ずっと眺めていられた。

                      小さなサメをお供に従え、ゆったり泳いでいる。

                      「貫禄と自信」そして「平和」をそこに見た。

                      その時に私の心は「無欲」になってた。

                       



                       

                      旅人を休ませるように

                      大きな木陰を作ってたガジュマル。

                       

                      複雑でありながら計算されつくして伸びた幹。

                      ずっと眺めていられた。

                      「許しと静寂」そして「生命力」をそこに見た。

                      その時の私の心は「素直」になってた。

                       


                      なぜなのかな、と考えた。

                       

                      仏教で目指すところの、無欲と素直さを

                      一瞬で与えてくれるのはなぜか。

                       

                       

                      大きいから?


                       

                      いや、それだけではなく、それよりも

                      その大きさに達するまでに流れた

                      「時間」を感じたからだと思う。

                       

                      文句ひとつ言わずに、ただ生きてきた長い時間。

                       

                      その大きなに達するまでの彼らの歴史。

                       

                      何でも知っていて包んでくれるような包容力を

                      勝手に感じて癒されてしまう。

                       

                       

                      「大きい」って、いいなと思う。

                      「大きくなる」って凄いと思う。

                      そう。

                      我々だって大きくなれる。

                       

                       

                       

                      「海のようであれ」

                      「大河のようであれ」

                       

                       

                       

                      お釈迦さまが言われた海や大河。

                      それは



                      大きい心のこと。



                       

                      小さな水溜まりは

                      わずかな気候の変化に影響をうけるし、

                      浅い川は水音がにぎわうけれど


                      海のように何でも受け入れる包容力と

                      大河のように、止まっているようにも見えながら

                      静かにずっしりと流れる風貌。。。

                      それを目指しなさい、という言葉だ。

                       

                       

                      それを、

                      ジンベイザメとガジュマルの大木から

                      感じ取ったのだと思う。

                       


                      大きな心になりたい。

                       

                       

                      仲間の大きな愛に包まれながら、

                      心新たに健やかな目標を抱けた4日間だった。

                       

                       

                       ありがとう。



                      「結果先取りの法則」で、それが後から

                      「返却の法則」になっちゃうことのないよう

                      心に強く刻んで歩みたいと思います。

                       


                      大きくなろう。


                      ・・光静・・

                       

                       





                       

                       

                       

                      おしょーにん * - * 09:58 * comments(0) * -
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