落語家になります。笑

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    瀧本です。


    お知らせでーす。


    18日の14時から落語家のお三人が

    私の小さな寺で小話をされるという

    イベントを開催します。


    で、なんと私がトリで落語を。笑


    そもそも落語とは、仏教の高座説法からの

    流れなので、「お坊さんが落語」というのは

    自然な響きなのですが。



    人数に制限を設けての開催ですので

    今回のお知らせは、zoom参加のご希望者様。



    参加費、なんと1000円!わーい!



    go to イート

    go toトラベルにならんで

    go to落語、はいかがでしょう?笑




    日曜日のお昼に、おうちでオヤツ食べながら

    落語ライブをお楽しみください。


    14時開始

    三人が終わられて、中休憩。

    瀧本はその後ですが、

    14時からずっと放送します。




    お申し込みはこちらからお願い致します

    https://ws.formzu.net/dist/S71621695/


    その他のご質問は事務局まで。

    office@ozabutondaigaku.com



    瀧本、普段から、

    落語家さんですか?とか言われるので

    あまり違いがないかもしれませんね。笑


    それでは明日!

    お待ちしています。

    …光静…

    うちのオーナービルのエントランス。

    シーズンごとに見事なコーディネート。

    飛び出して見える仕様ってなことですが。。

    んー。んんーーー。。。。笑


    でも、ありがたいですね。

    もうすぐ巨大なクリスマスツリーになります。

    見応えあるので、また写真のせますね。








    おしょーにん * - * 10:26 * comments(0) * -

    心が重い人の半数以上が実は…

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      瀧本です。


      こんなデータがあるそう。



      日常の中で

      心が沈んでいて、重くて、

      なにかカラッとした笑顔になれない。。



      その理由は大きく分けて二つ。



      人から言われた何かを気にしていたり

      心の傷を自らいじりまくっている時。

      つまり他によってもたらされた不運を

      理由にして「怒り」を抱く時。



      もう一つは

      自分が相手に余計なことを言って

      相手を怒らせたり、傷つけた時。



      そして意外なことに、

      後者の方が、何度も何度もリマインドし、

      そして根深く人を落ち込ませるとか。



      心に元気が出ない時は

      後者を疑ってみるのも大アリですね。



      あの人が、こう言ったから…

      あの時、こんなことされたから…



      と他人の発言の中に

      自分の不快の種を探しても

      それだけではスッキリし切れず

      とはいいながら、他の何かが

      見つからないときってあります。



      矢印を変えてみましょう。自分へ。




      あれ?

      ひょっとして、私、

      イラン態度とってしまったんちゃう?


      なんか、あの一言、今思えば

      言うべきじゃなかったんちゃう?



      この角度から探せば

      あ、コレだ!これ!

      と、心にピッタリくるモノが見つかる。



      大切なのはその次。

      それが見つかれば、




      誤魔化さない!




      我々は、どうも自分の非を認めるのが苦手。


      特に時間が経過している事には

      なおさら億劫。



      けれどそこは踏ん張りどころ!




      心が妙〜に重いと感じる人の


      何と半数以上の理由が


      人から言われたことによる傷


      ではなくて、


      人へ言ってしまった一言で


      または


      言わなかった一言で


      悶々と苦しんでいる。





      意外な結果ですね、ほんと。




      丁寧に探してみて。

      矢印を自分の心へ。


      あ、また上から目線で言ってしまった…

      あ、また同じ愚痴をいってしまった…

      あ、また一言多く返してしまった…

      あ、また自慢話をしてしまった…

      あ、また相手を褒めてあげなかった…

      あ、また自分の意見をキチンと言わなかった…



      等々。


      さ、見つかったら今すぐ伝えよう!

      きっと心は霧が引くように

      晴れ渡っていくはず。(^^)


      今日も秋晴れ!

      心もそうありたいものです。


      それでは素敵な一日を!

      ……光静……





      おしょーにん * - * 07:42 * comments(0) * -

      スポーツ店に出現した菩薩さま

      0

        瀧本です。


        お気に入りのキッチン横のミニテーブルで

        ブログ更新。幸せを感じる時間。

        大切な気付きをシェアします。(^^)



         

        昨夜、巨大なスポーツ店でのこと。

         

        商品棚を整頓している店員さんへ

        「プロテインはどの辺りですか?」

        と質問をした。

         

        (瀧本はプロテインを飲むのか?と

        読者さんの声が聞こえる・・()

         

         

        ドサっと商品を床に置き「あ、プロテイン?」

        とスタスターーーっと競歩さながらで

        5列ほど向こうの陳列棚に走って?歩いていき

        「こちらですッ」と言ったと思ったら

        また元の作業場にUターン。

         

         

        女性店員さんに追いついていない私は、

        3列目の棚の横で作業場に戻る彼女と

        すれ違うことになった。それはまるで

        折り返し地点をすでにターンしてきた

        先頭軍団の選手とすれちがう後続の

        マラソンランナーの気分だった。

        一度も目は合わなかった。

         

         

        (な、なんつー速さ・・)

         

         

        (急ぎの棚整理だったのだ。)

        (今日、100回目の同じ質問を受けたのかも)

        (トイレに行きたかったのかな)

        (私も速く歩けばよかった。筋トレだ!)

         

        数個の思考で難なくクリア。

         

        お目当ての品をGETしたはいいけど

        次の品もこれまた見つけられないので

        違う男性の店員さんに声をかけた。

         

         

        「あ?それどこかな。多分えっと・・・」

         

         

        と、極端にゆっくりな歩み。

        逆に楽しくなる。()

         

         

        けれど迷うことなく辿り着いて

        「あ、ここか。あった。お客様、ここ。」

        とぶっきらぼうな彼は頭をかきながら言う。

         


        ここのお店は統一した教育ではなく

        各々の個性でお仕事ができる職場のようだ。

         

        あ、もういいっすか?と言われたので

        私はありがとう、と言った。

         

         

        その彼が一言こういった。

        その一言が今日一番の仏教の復習に!

         

         

         

        「この場所、誰だって見つけにくいっすよね」




        会釈して彼は去った。

         

         

        この一言に、あらゆる思考が走った。

         

        回答側が質問側の目線になって

        付け加えたこの言葉。

         

         

        どちらかというと最初の店員さんは

        言葉にはしてないけれど

         

        「あんた、

        こんな場所も見つけられないの?」



        と彼女の声が私の心に響いていた。

         


        現に私は


        「お忙しい中ごめんなさいね〜」


        と謝ったのだ。

         

         

        ところが、このぶっきらぼう店員さんには

        無意識が使い分けてくれていて

         

         



         

        「お忙しいのに

         

        ありがとう」

         

         

         

         

        とお礼を述べていました。

         

         

        ぶっきらぼう店員さんは

        え?あ、いえ。休憩時間に目立つとこに

        置き直してみよかな…


        と言いながら去っていかれました。



         

         

        お釈迦さまマニアの私は

        この小さな出来事と教えを照らし合わせる。

         

         

        お釈迦さまは必ず相談者へむかって

        一言を付け加えられてた。

         

        「旅人よ、それは辛かったね」

        「そんなことが起きたら誰でも恐怖を感じる」

        「ひとりでよく今日まで耐えたね」

        「よく質問してくれたね」

         

         

        この一言の後に、お釈迦さま流の名言が

        バカすかと飛び出してくるわけですが

        それらの適格なアドバイスに救われる以前に

        付け加えられていた寄り添いの言葉によって

        先人たちはすでに安堵感を抱いてたと思う。

         

         

        これが仏教でいう

         

         

        「言辞施」ごんじせ

         

         

        相手を褒めたり、讃えたり・・の中に

        言辞施を見ようとしがち。

         

        すごいね

        さすがだね

        すばらしいね

         

         

        人は誰でも認めてほしくて

        他人からのそれらの言葉を

        待っているように思うけど

         

        プラスを表現する言葉より

        マイナスを「マイナスではない」と

        いってもらえることの方が

        優しさや愛を感じるんだな〜と

         

         

        頭をボリボリかきながら

        ぶっきらぼうに接客してくれた彼から

        再確認させてもらいました。

         

         

        獲得しました、お釈迦さま!

        人生にインストール。

         


        最初に、ぶっきらぼう店員さんへ

        声をかけていたなら、間違いなく

        この気付きには至らなかったなぁ


         

        マラソンランナー店員さんと

        であっていたから気付けたこと。

        全てありがたい流れだ。

         

         

        順番は常に正確に動いてる。




        今日もいい一日になりそうだ!




        本日の実践項目


        1.流れで物事をみる。

        2.相手へ寄り添う言葉を。


         

        それではステキな秋日和を!

        ・・・光静・・・







        おしょーにん * - * 10:09 * comments(0) * -

        牛飼いの失敗に学んで、ということ

        0

          瀧本です。

           

          仏教にこんな喩えがあります。

          ・・・・・・・・・・・・

           

          ある牛飼いの農家のお話。

           

          毎日牛乳をしぼっていた農夫は

          こんなことを考えました。

           

          「毎日絞るけど、すぐに牛乳は腐るなぁ。

          なんとか保存しておく方法はないかな。」

           

          一度に全部を飲むことはできないし

          逆に来客があって大量に必要なときに

          限られた量しかなくて足りない、と

          悩んでいました。

           

          農夫は思いつきます。

           

          そうだ!

          絞った牛乳を母牛にもう一度飲ませて

          牛の腹の中で溜めておけばいいんだ!

          そうすると、必要な時に必要な量を

          いつでも絞り出せる!名案だ!

           

          さっそく翌日からそうしました。

           

          数か月後、農夫は自慢げに

          「うちにはバケツ100杯の乳があるので

          どうぞみなさん来てください!

          さぁ、ようこそ!」

           

          村中の役人を招きました。が・・

           

          あれ?え???

           

          バケツ一杯の乳しかとれず

          農夫は大恥をかくことになりましたとさ。

           

          めでたし、めでたし。。。

          ・・・・・・・・・・・

           

          いやいや、めでたくありませんね。()

           

           

          この比喩はいろんな解釈をして

          人生の教訓にできると思います。

           

           

          本来このエピソードは

          沢山お金が貯まったらお布施をしよう、

          と思っていた村人へ、お釈迦さまが

          ほんのわずかでいいから恩をうけた時に

          布施は行いなさい、と教えたことを

          喩えられたお話しです。

           

          全てはタイミング。

          それを逃してしまうと

          二度と行動できなくなってしまう!

          という「実践力」を問う比喩

          でもあると思います。

           

           

           

          昨日こんな質問をうけました。

           

          「思い立ったらすぐに行動に移す、

          という行動力を身に着けるコツはありますか?

          すぐ行動される先生の源は何ですか?」

           

           

          行動するためのモチベーションを

          教えて欲しいという内容。

           

           

          答えは簡単。

           

          私は自分の行動に対する熱意を

          信じていないのです。

           

           

          我々の思考はほんの数分で、

          熱が冷めるようにできています。

          だからその数分内に一歩だけ出しておくと

          継続は容易にできる。

          これは色んな感情に当てはめられます。

           

           

          逆説でいうなら「怒り。」

           

          むむ!この野郎!と一瞬腹が立っても

          怒りの沸点は数秒で頂点を超えるから

          1,2,3,4とカウントすると

          心の熱量は冷めてくれる。

           

          意図的にタイミングを外すと

          怒らなくてすみますね。

           

           

          いずれにしても我々の心は

          (あ、こうしたい)と思考したとき

          心の熱量が頂点を超えてしまうと

          行動につながらず、

           

          また、頂点を超える前に

          一手でも打っておくと熱量は維持できる

          というシンプルなカラクリ。

           

          それをフル活用してる、と答えました。

           

           

          確かに自分でも行動力がついたな、と

          実感します。

           

          一歩だす!の行動力が身に付きました。

           

          すべて仏教のお蔭さま。

          行動力がありすぎて、事務局から

          ストップ命令が出されます。()

           

           

           

          教えを学んで(そうか!なるほど!)

          と心に響いたら、その熱量が下がる前に

          まず一歩をだす!

           

          あ〜かな?こ〜かな?と

          頭で考えてしまうと

          それがロスタイムとなって

          頂点をこえてしまうのだと思います。

           

           

          まさに今、ご相談をくださったFさんへ。

          「私も先生を見習って、自分を強化したい。

          いつもウジウジと周りの目を気にして

          過去ばかりみています。

          先生みたいにジムへ通って、

          コンプレックスの体形を変えたいし、

          過去を吹っ切って、今を楽しみたいです。

          けど、すぐに(どうせ続かないし)とか

          どうせ過去を手放せないくせに・・とか

          否定して、しり込みしてしまうのです。

          そんな自分が本当に嫌いです。

           

           

          さ!Fさん!

          今、私にメールをくれたばかり!

          今から行ってみたらいい!ジムへ!

          体験をして合わなかったならそれでいい!

           

          あなたの心が頂点を超えるまえに

          お返事したくて猛ダッシュで書きましたよ!

           

           

          おっとこんな時間だ!

          朝の会議を終わらせたらジムへ行ってきます。

           

           

          牛飼いの失敗に学んで

          一度あふれた思いを

          心にしまい込んでしまうと

          二度と取り出せなくなることを

          恐れるべきです。

          さ!いってらっしゃい!

           

           

          それではステキな一日を!

          今日はステキな秋晴れです。

          ・・・・光静・・・


          日当たりが良すぎて、真夏のような格好。笑

          これでジムに行ってきます。

          おしょーにん * - * 09:18 * comments(0) * -

          特に3本目の柱が肝心、ということ

          0

            瀧本です。

             

            同じ胸中の人がおられるだろう、とシェアを。

             

            数日前、私のビジネス時代の部下から

            「逢いたいです。

            どうしてもあなたに逢いたい・・」

            と奥行き深い波動のメール。

            何年ぶりだろう・・・懐かしい。

             

            彼女のことは営業社員として採用。

            彼女の取りつけたアポイントに

            何回も同行したな〜(笑)


            契約が決まり、契約書を震える手で仕上げ

            翌朝の朝礼でキラキラした目で発表してた。


             

            課長まで昇りつめて寿退社。

            目に入れても痛くない部下だった。

             

             

            今日、電話をした。

            私だと分かると涙声になって挨拶をする。

             

             

            胸中の苦はザっとこんな感じ。

             

             

            彼女は女性雑貨を個人で作成、

            営業販売をしている。

            10年を経て女性の心を掴み、

            大手デパートに出店が続々決まりだした。

             

            いよいよエクスパンション!一気に市場へ!

            の矢先に心の勢いを崩壊する出来事が。

             

             

            彼女には慕っていた鑑定士がいたという。

            家相や前世を見て運勢を鑑定するようだ。


             

            心に迷いがあるときにアドバイスを受け

            それ以来、何かと相談をするように。

             

             

            お釈迦さまはそういう類の占いや鑑定を

            絶対にお認めにはならないけれど

            私は少し受容する一面がある。


             

            ご本人がそのアドバイスにより吹っ切れたり

            心軽やかに次に進む突破口になるなら

            「一時的」には有り、な時もあるか、と。

             

             

            ところが、

            普段から友好関係にあったからか

            何気ない食事の場にても、事細かに

            指導が入り始めたという。


             

            あなたがこれをすれば、あの人が不幸になる。

            あなたはこれをしてはいけない。

            あの人の幸せを奪いたくなければ、

            こういう行動は慎むべきである、等々・・。

             

             

            いつしか彼女の人生がジャックされ

            本人も指導に従いながらも

            どこか違和感を抱きはじめていた。

             

             

            そしてある時から急に関係が悪化。

             

             

            メールをしても突然に返事が途絶え

            鑑定士を含む小さなコミュニティの中で

            彼女は疎外感に苦しむようになっていった。

             

             

            小柄ながらいつもパワフルで

            キュートな笑顔を絶やさない彼女。

            営業時代も社員から慕われ愛されていた。


             

            結婚後も周りとうまく調和し

            多くの友人に恵まれてきた彼女が

            自分でも想定外のショックと失望で

            不眠症にまでなっていた。

             

             

            私の夢を見たという。

            「ごめんな、沢山の人が待ってるから

            あなたと面談をすることはできない」と

            私が背を向けて消えていく夢。

            彼女は私を追いかけ名を呼び続けて

            目が覚めた、と。


            (夢とはいえ、

            なんと冷たい私でしょうか。汗)

             

             

            他人ごとではない。

            我々は何かに依存しながら

            バランスを保つ傾向がある生き物だ。

             

             

            以前、方位学の師を持つ人と面談予約をした。

            ところが、日時の変更依頼が何度も続き

            私は「困っている」とハッキリ伝えた。

             

             

            すると、

            その日はその方角には行ってはいけない、と

            その都度、師匠が止める、という。( ̄▽ ̄)

             

             

            こういう人もいた。

            玄関までは来たものの、家に入らない相談者。

            なぜなのかと問うと、赤い絨毯の部屋に入ると

            運気が下がる、と彩色学の師匠に止められた

            という。さすがにビックリした。

             

             

            何事も「過ぎて」はいけない。

             

             

             

             

            まず彼女に伝えたのは「課題の分離」。

            相手が返事しようがしまいが、

            それは相手の課題。

            自分がふさわしい挨拶文を送ったのなら

            自分の課題は終了しているからそこまで。

            境界線をハッキリと持つこと。

             

             

            例えば来客へ食事を用意していても、

            それを食されるかどうかは相手の課題だ。

            食べられなくても関与しない。

             

             

            弟子が来るから、と鍋サイズで用意した食事。

            皆で食事になる流れではなかったときは

            一人で数日間かけて食べることしばしば(笑)

             

            巨大な作り置きになってくれたお蔭で、

            手間が省ける数日間になる。

             

             

            自分の課題の領域は

            驚くほど手前で終了していることを

            我々は気付いておくのがいい。

             

             

             

            次に伝えたのは「縁の移り変わり」だ。

             

            我々の体は

            常に新陳代謝をしてくれるお蔭で

            新しい細胞たちが生まれ活動してくれる。

            古い細胞とスイッチしてくれないと

            バランスがおかしくなってしまう。

             

             

            「縁」も同じこと。

            言い換えるなら、縁は人生の細胞。

            縁の在り方が変わっていくお蔭で

            新たな成長を遂げ、新たな目が開かれる。

             

             

            そして縁が移り変わったからといって

            以前の縁そのものを根絶する必要はなく

            「ごきげんよう」さながらに

            新たな縁のスタイルで

            自分らしく挨拶をすればいい。

             

             

            入れ替わる縁であっても

            ある一定期の間、

            お世話になった人生のご縁であり、

            事実それをステップに今の自分が

            構築されている。

            なので感謝のままがいい。

             

             

            こちらから挨拶をした後、

            相手がどう反応するか、は

            「課題の分離」

            の思考に任せておこう。

            期待は不要だ。

             

             

            仮に相手が

            「返事なんてしてやるものか」と

            何かしらの怒りモードでいても

            自分に非が無ければ、その波動に

            わざわざ合わせる必要はない。

            人生の波動は個々のものだ。

             

             

            繰り返すけれど、過去において

            そのご縁に支えられていたことは

            感謝の対象として覚えておくのがいい。

             

             


            最後に彼女に伝えたのは


            人生は自分が最高決定者である


            ということ。

             


             

            私は人生の柱は3本だと思う。

             

            人に支えてもらう、という柱。

            人を支える、という柱。

            自分で自分を支える、という柱。

             

             

            どれも尊い。

             

             

            そして何よりも心強いのは

            お釈迦さまの言われる

            法を基盤として自分を支える、という

            3本目の柱、



            法灯明からの


            自灯明だ。




            自らを灯火として信じて生きる。

             

             

            「はい!」と張りのある声が

            戻ってきた。

             

             

            わずか1時間もしない電話だったけど

            いつもの可愛らしい笑顔が

            受話器の向こうに浮かんだ。


             

            たのしい会話だった。

            ありがとう。

             

             

            さて、と。


            今、面白い人体実験を自分の人生で

            やっている。なかなか興味深い!

            明日もやってみて、確信がもてたら

            ご紹介します。(笑)

             

             

            それでは自灯明なる

            すてきな昼下がりを・・

             

            ・・・光静・・・・


            おしょーにん * - * 14:43 * comments(1) * -

            「良」と「良」を足すと時に「悪」になるということ

            0

              瀧本です。


              改めて「縁」を正しく見極めないといけない、

              そう思う事件だ、と思います。


              元TOKIOの山口さん。


              成人していれば、

              お酒を飲むことは悪ではないですね。

              仲間と楽しい時間を過ごすのは

              とても楽しいこと、


              免許を持っていれば、バイクを運転するのも

              悪ではない。

              風を感じながら安全に走るのは

              とても気持ちのいいこと。

              私も中型のバイクを乗っていました。



              けれど、この楽しい2つが重なってしまうと

              絶対にやってはいけない「大罪」になる。



              今朝、ウォーキングをしていたとき

              いつも立ち寄る公園での出来事。


              私とワンチャンのお散歩中の人が2人ほど。



              気持ちいいなぁ、とブランコに座って

              木漏れ日を浴びていました。


              誰もいない公園のグラウンドの隅っこでは

              おじさんがゴルフのピッチング練習。

              ゴルフボールは練習用のプラスチック製。

              パコン、パコンっと軽く飛んでる。


              (もう少しスタンスを狭くしたほうが

              インパクトが安定するんちゃうかなぁ)

              とか思いながら眺めてました。


              そろそろ帰ろうと思いブランコを離れ

              ストレッチをするために少し広い場所へ。



              一人で大きく呼吸をしてたとき、








              あんたは殺人を



              するつもりかー!





              心拍数が上がるほどビックリしました!


              突然の怒鳴り声!


              人が怒鳴る大きな声って、

              本当に恐怖を感じさせる。




              なに?なに?どこ?だれ?




              大声の現場は公園内の砂場。


              みれば先程のゴルフおじさんが今度は

              砂場でバンカーショットの練習をしてたようで

              それを見た別のおじさんが

              どうやら怒鳴りつけた、と推測。



              とても緊張しました。



              とりあえず見守ることに。



              「子供がいたら大変なことになるやろ!」


              『いや、誰もいなかったので…』


              「居なかったとしても

              子供が遠くからそれを見ただけでも

              砂場で遊べない、と思うやろ!」



              私は見届けていました。



              するとゴルファーのおじさんが



              『本当ですね。気をつけます。

              ごめんね、子供たち。

              おじさんが間違ってました』



              と、そこには居ない子供たちを想定して

              謝罪をし、砂場を均して出たのです。



              なんと立派なおじさん達!



              大変な喧嘩になったらどうしよう、と

              緊張していた私は一瞬にして心がほぐれました。


              怒鳴ったおじさんは、

              砂場から出たゴルファーおじさんへ


              「ありがとう」と。



              気づけば真横まで歩き寄っていた私。


              思わず言ってしまいました!






              おじさん達!



              チョーかっこいい!



              どちらの側も、

              なかなか出来ないことだと思いました。

              ホント、できない。

              素晴らしい大人な振る舞い。




              その後に家にもどってニュースをみると

              山口さんの事件を知りました。




              思います。




              縁は


              正しく組み合わせないと


              いけない






              砂場で遊ぶのは楽しいこと。



              ゴルフの練習も楽しいこと。




              けれど、この2つが重なると

              人に迷惑をかける事になる。



              一つ一つは良いことでも

              それらの緣が重なってしまうことで

              とても危険で、

              絶対にやってはいけないことになる。



              これが仏教がいうところの、

              因が縁と出会い、果になる、という




              因縁果の法則



              お釈迦さまは

              口をすっぱくして言われていました。






              緣を見極めなさい







              今日も沢山の縁がめぐる。


              慎重に正しい縁を


              選択していける人でありたい。。



              そう思った朝でした。(^^)




              それでは素敵な一日を!


              縁は自分で選べるのです。

              …光静…



              …………


              先日、弟子のご主人が開閉式カウンターを

              キッチン横に付けてくれました。

              広い家なのに、ここにずっと座ってます。笑


              小さなカウンターとのご縁(^^)


              幸せです。笑



              おしょーにん * - * 09:31 * comments(0) * -

              いつか必ず

              0

                瀧本です。


                何度かここへ書いてきました。

                っていうか、毎日書きたい内容。笑笑

                それは、これ。


                あなたはどう?

                ついてゆく?


                自分という師がいたなら

                自分はついてゆくか……



                朝の瞑想の時、いつも自問する。


                ずーーーっと問うてきてるのに、


                「はい!」


                と言えたためしがない( ̄▽ ̄)



                今日も丁寧に

                思考を選択していこうと思います(^^)

                この自問に対し自分はNOなのに

                ついてきてくれる方々がいる。。


                責任を持って自己成長を目指したい。


                みなさんはどうでしょう?



                自分という上司

                自分という先生

                自分という父親

                自分という母親

                自分という子供

                自分というお客様

                自分という店員

                自分という妻

                自分という夫


                を心から愛するだろうか、と

                問うてみて下さい。





                OH!NO




                であるなら、

                自分の部下でいてくれる人

                自分の生徒でいてくれる人

                自分を父と呼んでくれる人

                自分を母と呼んでくれる人

                自分に接客してくれる人

                自分からモノを買ってくれる人

                自分を今も妻としてくれる人

                自分を今も夫としてくれる人


                へ心から感謝できますね。



                こんな私を

                師匠と呼んでついてきてくれる弟子へ

                心から感謝しています。



                いつか必ず

                「自分という師がいたなら

                ついていきたい」と

                ほんの少しでもいいから、そんな思いを

                抱けるように進みたい。




                んーーー

                今生では無理っぽい。。笑笑


                でも、いつか必ず。



                こんな瀧本ですが

                宜しくお願い致します。( ̄ー ̄)





                さて、ジムへ行ってきます。


                これも一つの恩返しのつもり。

                いつも姿勢よく、胸を張って

                颯爽と歩く人でありたい。^ ^



                それでは

                自分と関わって下さる方々への感謝が

                あふれる素敵な一日を!

                …光静…





                おしょーにん * - * 06:52 * comments(0) * -

                だから大丈夫、ということ

                0

                  今日の一言!


                  この世に、常なるモノはなし!


                  だから、その苦しみはいずれ色あせる。

                  大丈夫!


                  少し前まで、その苦しみはなかったのに、

                  楽しさが消え去り、苦しみがやってきた。


                  のであれば、それが証拠!


                  大丈夫!


                  私たちは、そうやって

                  ゆらゆら、ゆ〜らゆらと

                  心が動いて生命活動をしているのです。



                  常なるモノなし!




                  ということで、少しでも「常」で

                  いてほしいことを願って、

                  今からジムへいってきます。笑笑



                  それでは素敵な1日を。


                  …光静…



                  おしょーにん * - * 07:52 * comments(0) * -

                  かなり怪しいステキな話

                  0

                    瀧本です。

                     

                    すごい夢をみたので、

                    ブログに書こうと思いつつ

                    夢の余韻に浸りながら朝7時からジムへ。

                     

                     

                     

                     

                    こんな夢だった。

                     

                    弟子が運転する車で山道を。

                    数名が乗っている。

                     

                    クネクネと曲がる山道を楽し気にドライブ。

                    まわりは森林浴ができる深い樹海。

                     

                     

                    右へゆったりとハンドルを切ったとき

                    突然現れた対向車線からの巨大なトレーラー。

                    さらに巨大で長い荷台を牽引している。

                     

                     

                    巨大なタイヤはこちらの車の車高を超えている。

                    「危なっ、アブなっ、アブ・・」

                     

                     

                    内輪差によって大きく車線をはみだした瞬間、

                    その荷台が我々の車を飲み込み、

                    トレーラーの下に、スッポリと

                    滑り込んで、急に視界が暗くなった。

                     


                    トレーラーは4本のタイヤの間に

                    我々をふくみながらカーブを曲がっていく



                     

                    「タイヤとタイヤの間から抜けろ!


                    今や!ハンドルを右に切れ!」



                     

                    と私は後部座席から体をのばして

                    ハンドルを操作しようと

                    運転席へのりだしていた。

                     


                     

                    次の瞬間、

                     

                     

                    我々の車をすっぽりと腹に収めながら

                    トレーラーが、車高を下げてきた・・

                    荷台が低くなってきたのだ。

                    車がミシミシと挟まれていく・・・

                     

                     


                    「みんな頭をさげて!!」と

                    叫んだところまではお覚えている

                     

                     

                     

                    突然次のシーンに切り替わった。

                     

                    そこは、明るいオフィス。

                     

                     

                    みんな元気に仕事をしていた。

                    どうやら想定では、弟子たちは私の社員だ。

                    ここは私の会社らしい。

                     

                     

                     

                    私が切り出した。

                    「それにしても、先日の山道の事故、

                    まじで怖かったねぇ。あの後のこと、

                    覚えてないんやけど、実際どうなったん?」

                     

                     

                     

                    「え、先生。

                    みんな。。無事でした

                    ただ・・・・そのぉ。。。。」

                     

                     

                     

                     

                    え?なに?

                     

                     

                     

                     

                    「まだ、見つかっていないんですよ・・・」

                     

                     

                     

                     

                     

                    え?なにが?

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    「先生の・・・

                     




                     

                    体がまだ・・・」

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    衝撃( ̄▽ ̄)エ?

                     

                     

                     

                     

                    え?何、なんて?

                     

                    私、ここにいる・・

                    この私は?

                     

                     


                     

                    みんなは助かって無事だった。




                    そして私だけ発見されていない?

                     

                     

                     でも、今、こうやって……

                     




                    あ?

                     


                    あー!



                    事態がわかってきた。



                    どうやら投げ出された私の体は

                    山中のどっかにまだある

                     

                     

                     

                    で、今、ここに私の体は・・ない。

                     

                     

                     

                    ここに居るみんなは

                    どうやら実在しているらしい。

                     

                     

                     

                    するとこの会話は?

                    なぜみんなと普通のように話せる?

                     

                     

                     

                     

                    すぐに答えが分かりました。

                     

                     

                     

                    そうか

                    そう・・・

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    心の深層部の

                     

                     

                     

                    つながりのゾーンで

                     

                     

                     

                    自由に会話していたのだ



                     

                    肉体がなくても!

                     

                     

                     

                     

                     

                    そうか、もう肉体は





                    不要なのだ。

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    弟子たちが言う。

                     

                     

                     

                     

                    「大丈夫ですよ、先生。

                    必ずもうすぐ、先生の体は見つかります」

                     

                     

                     

                     

                     

                    私は断りました。



                     

                    「もう体はいらない。


                     

                    なんと自由で


                     

                    素晴らしいのだろう。

                     

                     

                    いずれみんなもこうなるよ!

                    楽しみにしておきや。」

                     

                     

                     

                     

                    どう素晴らしいのですか?、と弟子。

                     

                     

                     

                     

                    私はまさに今体感している歓びを叫んだ。

                     

                     

                     

                    「今の私は

                     

                    1枚の布も持たず

                     

                    一円のお金も持っていない。



                     

                    何も持っていない。

                     

                    生存中に追いかけていたモノを

                     

                    何ひとつ持っていない。

                     

                     

                     

                     

                    けれど、

                    それらを含めたそれ以上の全てを

                     

                     

                     

                    全てを持っている

                     

                     

                    と感じてる。

                     

                     

                    そして心は

                    恐怖も持っていない。

                    痛みも持っていない。

                     

                     

                    あれだけ手放したいと願い学んできた

                    あらゆる心の暗黒を

                    今、私は何も持っていない。

                     

                     

                    ようやく、

                    ようやく、

                    辿り着いたように思う。」

                     

                     

                     

                    弟子たちがワーーっと、あげた歓声が

                    あまりにもうるさくて、

                    その声で目が覚めました。

                     

                     

                     

                     

                    どこかなつかしい感覚でした。

                    あれが、宇宙に戻る感覚なのかな。

                     

                     

                    嬉しさでいっぱいでした。今も。

                     

                     

                     

                    確認をしたいことがあるので

                    今から瞑想をして観てみます。

                    確認できるかなぁ。。


                    また報告します。(^^)


                     

                     

                    あ〜あ、

                    怪しいブログになってしまった。汗

                     

                     

                    読者のみなさん、たま〜にだけ、

                    めちゃ怪しいブログになりますので

                    ご理解ください。(笑)

                     

                     

                    それではステキな昼下がりを。

                    ・・・光静・・・・

                     





                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                    おしょーにん * - * 14:18 * comments(0) * -

                    どっちにもなれる、ということ

                    0

                      瀧本です。


                      今朝、パウダールームで洗顔していたとき

                      泡だらけの顔のまま、手探りでタオルを

                      さがしていたら、横にあった花瓶に膝が

                      当たってしまった。その瞬間



                      (あーッ!フロアに落ちて割れるな、こりゃ)

                      と瞬間的に思い、

                      次に聞こえてくるはずのガシャーン

                      という大きな音に身構えました。



                      人の思考はすごいですね。



                      わずか70センチの高さからフロアに落ちる

                      のに1秒もかからない。そのわずかな間に

                      破片を片付ける様子までイメージできました。


                      そこまでのイメージが広がると諦められる。

                      開き直ってわしゃわしゃと泡を落としながら

                      ガシャーンの音を待った。



                      すると、



                      コトンッとだけ。



                      え??



                      やっと目を開けてフロアをみると


                      おぉーセーーーーフ




                      洗濯したタオルを棚に入れようと思い

                      ドサっと足元に置いていた、その上に

                      ダイブしてくれたようで、一度タオルに

                      受け止められた花瓶は、勢いを失って

                      コロリン、と転げてフロアに着地。



                      大掃除まで想像していたから

                      本当に感謝しました。( ̄▽ ̄)



                      わずか1センチでもずれていたら

                      確実に木っ端微塵。



                      めぐる縁により人生は変わる、と

                      朝から教えの復習タイムになりました。



                      思います。


                      縁は2種。


                      選べない縁と、自分で選べる縁。




                      選べない縁は「受け入れる」という

                      作戦でクリアするのがいいよ、と

                      お釈迦さま。



                      それよりも、選べる縁のほうに意識を。





                      相田みつを先生の有名な言葉を

                      思い出しました。



                      「セトモノ同士がぶつかると割れるけど

                      どちらかが柔らかいと大丈夫。


                      柔らかい心がいいなー、と言いながら

                      私はいつもセトモノ……」




                      記憶だけで書いたけど、

                      こんな感じだったはず。




                      花瓶が誰かで、

                      フロアが私であったなら

                      大問題が起きそう。



                      タオル、という第三者のお陰で

                      問題に至らなかった??



                      いやいや、違う。




                      私自身がタオルでいればいい。





                      柔軟心



                      ということば。



                      柔らかい心でいれば、互いに傷つかない。



                      今日のテーマはこれに。

                      柔らかくいようと思う。

                      柔らかく居るという縁を選ぼう。


                      固いほうにもなれるけど

                      どっちにもなれるけど

                      柔らかく居るという縁を選ぼう。



                      イガイガしないで、

                      どうぞ、と譲って

                      無理なことは諦めて

                      微笑んでいようと思う。


                      今日も微笑んでいようと思う。


                      そんな1日1日を過ごせたら




                      人生、大成功だ!



                      それではトランポリンジムにいってきます。


                      そういえば、トランポリンも柔らかいから、

                      ボヨンポヨンと私が跳ね返ってる。

                       


                      心身ともに柔らかくいよう。



                      それでは素敵な一日を!

                      …光静…



                      おしょーにん * - * 09:10 * comments(0) * -
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