苦しみの原理はとてもシンプル

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    瀧本です。
    こんなお便りが。

    …………
    すぐに人と争ってしまう。
    どれだけ気をつけていても
    すぐに自分の心が苛立ってしまい
    結果、会わなければよかった…と
    後から後悔ばかり。苛立たないように
    何を一番に気をつけておけばいいでしょうか。
    …………
    何度かここでお話ししている法話ですが
    昨日、たまたま法友に依頼されて
    紙芝居を製作していたので、それを。


    法話というものは、何度も何度も
    聞法したほうがいいのです。
    すぐに忘れてしまいますから。


    (子供用に作成したので、法話の登場人物に
    少し工夫をしました。)
    …………
    あるとき、お爺さんが
    まだ一度もゾウを見たことのない子供達を集め
    言いました。


    さぁ、お前たちに象さんがどんな動物なのか
    教えてあげよう!触ってごらん。




    子供達はとても大はしゃぎ。
    そこでお爺さんは、子供達に目隠しをして
    それぞれに触らせることにしたのです。


    子供達は恐る恐る近寄って
    ゾウさんを想像します。




    最初に女の子はゾウの鼻に触りました。
    少女は思います。
    (わぁ!ゾウってまるでホースのような
    生き物なのね)




    次に、ゾウの耳に触れた男の子は思います。


    (うわぁ〜!ゾウって、お鍋のフタみたいだ!)




    そして脚を触っていた男の子は
    (へぇ〜!まるで公園にある大木みたいだー)




    もう一人の少女はシッポに触れ
    (なんだかホウキみたいなのね。)






    みんながそれぞれにゾウに触った後で
    お爺さんは子供達を集め、
    「はて。ゾウとはどんな動物だったかな?」
    と質問をすると、彼らは一切に自分の感想を述べ


    フタだ!
    ホースだ!
    大木だ!
    ホウキだ!と
    大ゲンカをはじめたのです。




    今、自分が触ったばかりの感覚のみを
    真実として、相手の意見を間違っている
    と言いはり、争いになりました。


    お爺さんは教えます。


    物事の一部分しか見ないで
    さも全てを見たと思う心が苦の原因である。
    私たちは、
    自分で見たこと
    自分が聞いたこと
    自分が味わったこと
    自分が触ったこと
    自分が匂ったこと
    を真実として主張する。


    しかしながら、それらは全てではなく
    ごく一部分である。


    私たちは、立場が違えば、
    見える景色は異なり、
    聞こえる音もちがう。


    立場が違えばそれぞれに違う世界がある。


    そのことを知らないで、相手に対し
    自分を正しいと主張するのは愚かである。





    子供達は深く理解して
    相手の立場を考えるようになりました。




    …………
    これ、半日かかりました。笑笑


    さて、
    この逸話は我々の心がいかに
    自己中心的であるかを指し示しています。


    人と争ってしまうときとは、
    必ずこの心が働いている。


    相手には、相手の「真実」があり、
    言うなれば、真実の数は人の数だけある。
    それが真理です。


    真理とは、いつの時代でも変わることない
    ひとつの法則です。


    鼻を触った少女にすれば
    間違いなくゾウはホースのようだった。


    耳を触った少年にすれば
    間違いなくゾウは蓋みたいだった。


    立場が違うからです。


    立場、とは
    立っている場所





    立っている場所がちがうから
    景色が違う。


    ならば、理解し合う方法は二つ。




    1、自分は物事の一部分しか知らない、と
    言うことを知る


    2.相手の立場に立ってみる


    んー
    これがなかなか難しい( ̄▽ ̄)汗
    煩悩が譲ってくれないですよね。笑笑


    でも、心に留めておくだけでも
    すこ〜〜し優しくなれるかもしれませんね。




    相手は相手の真実と共にある。


    心に刻んでおきたいものです。


    それではまた。
    ……光静……


    まもなく、このブログがクローズします。
    ご安心をを。
    引っ越し先に、ちゃんと全部移ってます。
    またご案内しますね。





     

    おしょーにん * - * 14:27 * comments(0) * -

    暗い心を強制的に変えようとせず、促して待つ、ということ

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      瀧本です。
      こんなご相談をお預かりしました。
      …………
      気分が上がらなくて、
      自分のやりたいことがあっても
      どうせ無理だろうな……
      中途半端なことになるだろうな……と
      悶々とした毎日です。


      例えば、家をピカピカに掃除したいのに
      最初は窓を磨き、全ての棚を拭き、
      引き出しの中も整えて、と始めるけれど
      理由のない心の重さが出てきてしまい
      結果、何も変わらない部屋です。


      気分をスカッとさせて、心もワクワクして
      気持ちよく暮らしたい。


      老けてきた自分よ顔をみると
      意味なくため息がでて、何もしたくなくなります。


      この状態が続くと鬱になるのでは?と
      不安もでてきています。すでに鬱なのかも
      しれません。


      先生、会いたいです。先生のエネルギーの
      お裾分けをもらったら元気になれるような
      気がします。くだらない文章で失礼します。
      どうか一言だけヒントを下さい。
      こんな思考から脱出できるでしょうか?
      (ペンネーム、ヨシさんより)
      …………


      ヨシさん、とてもよく分かります。
      この「理由のない心の重さ」というくだり、
      とてもよく分かります。


      私も何度も経験してきました。


      心のカラクリ、コントロールを獲得していない
      時は、その重さに潰されそうになって
      宇宙に独りぼっち残されたような感覚、
      目がくぼみ、頬も垂れ下がっていました。笑
      だから、よく分かります。


      その時のあがき方はこうでした。


      このままじゃいけない、
      ここから抜け出さなくちゃいけない、
      何か手を打たないとヤバイ、
      ただ時間の無駄遣いをしてしまってる…


      こんな思考のルーティーンで
      気分を変える術もわからず。


      自分の性格が変わってしまった、とも
      思うようになっていました。


      そして、ある時、ふと気付いたんです。




      何を?




      それは、
      「気分は変えるものではなく
      勝手に変わるものなのだ」
      と。





      暗い心のまま、その心の変え方を探しても
      所詮、暗い心が探してくるのですから
      何の役にも立たないアイデア達でした。




      ヨシさん、試してほしいことがあります。



      それは
      一旦、暗い心は横に置く

      その心は、また後で感じに行けばいい。
      まずは一旦、休戦するのです。


      部屋が散らかっていてもいい!
      放っておく。


      そして、ほんの少しでいいので心が
      (あぁ、これ好きだな)と思う何かに触れるなり
      見るなり、匂うなり、食べるなりして下さい。


      その際のルールは一つ。
      暗い心を邪魔者のように
      奥へ押し込めるのではなく
      「一時休戦」のラベルを貼ること。
      大切に保管する感じです。


      そして、ホッとする何か、好きだな、と
      純粋に思うものを、見るなり食べるなり
      匂うなり、行うなりしてみる。




      変態か?と思われるかもしれませんが
      私のホッとするアイテムはノート。笑


      何も書いてないノート達を見ていると
      心が落ち込んでいても、何かを書きたくなる。


      心がダークグレー一色だったのに
      何かを書きたくなるのです。
      この一瞬の「心の動き」が大事。


      人は必ず好きな物がある。


      それは、ビーズだったり、お皿だったり
      お花だったり、クッションだったり。
      他人からすれば、どーってことないモノでも
      自分だけの「好きでもっと見ていたいモノ」や
      自分だけの「味わっていたい感覚」があります。




      そのお店に入ったら、なかなか出られなくなるお店
      ってあるはず。


      男性の人は、ホームセンターなどが
      意味もなく好きな人が多いようですね。笑


      私は文具店にいってしまうと
      ズラーッと並んでる鉛筆を
      ジーーーーーーっと見て、魅了されて
      動けなくなります。笑笑




      この「わぁ!」と感じる一瞬を「感じる」




      そして、「わぁ!」の心をこまめに集める。


      ルールを忘れないで。
      暗い心は一旦横に置いておく、ということ。
      いじろうとしない。


      いつでもその心を感じに戻れますから
      そっと横に置いておくこと。


      暗い心も大切に扱ってあげるのです。


      一度では、なかなか難しくても
      小さな小さな「わぁ!」をこまめに
      コレクションしていくと、ついにその時は
      やってきます。


      何それ?その時って?




      暗い心が勝手に移り変わり始める
      時です。


      勝手に心が違う思考を選択し始めます。
      フッと軽くなる。
      なんとなーく、違う感覚が生まれてくる。


      散らかっている部屋、という
      目の前の現実と、心は一致しなくなってきます。


      部屋が散らかってるなぁ、
      まぁ、今はまぁいいか!


      と「受容」が始まります。




      肝心なことは
      気に入らない現実を見て生まれる「ダメだ」の
      思考は、強制的に変えようとすると
      更にその思考に力を与えてしまいます。


      そうではなく、
      勝手に移り変わっていくように
      促すのです。





      ズッシリと重い心の時は、
      このブログを読んでくれていても
      (はぁ???何なのさコレ!くだらねぇー)
      と思われるかもしれません。


      けれど、心とはそういうものです。


      ホッとさせてあげると、
      「意味のない思考」に対して
      「意味がなーい!」と気付けます。


      瀧本に会いたい、と言ってくださるなら
      会いに来てください。
      ひょっとすると、ホッとして頂けるかも
      しれません。私が文具店に行くようなノリで。笑


      もう一度言います。


      心は強制力を持って変えられるものではなく
      一時休戦して、まったく別の心へアクセス
      するのがいい。
      好ましい感覚、望ましい感覚へアクセス。
      モノや環境や、音、匂い。アイテムはなんでも
      いいのです。
      スタバで700円位の高級ラテを飲むのもいい。
      好きならば、です。


      はぁ〜気持ちいいなぁ、を招く。


      すると、心は元居た暗かった場所から
      離れ出そうとします。


      みなさん、やってしまいがちなのは
      その時に、自ら、暗いところへ引き戻す思考を
      してしまう、ということ。これには注意!


      そうではなく、そのまま引き続き
      小さな小さな「ホッとする」感覚を
      こまめに呼び込んであげること。


      すると、心は喜びを思い出して
      明るい場所が好きだったことも思い出します。


      丁寧に心を見て。丁寧に。


      心をひとりぼっちにせず
      常にヨシヨシ〜と大切にしてあげて下さい。
      ね?ヨシさん。笑笑


      まずは実践してみて。試すかどうか、
      それはあなたの課題です。


      さて、と。


      明日はいよいよビックイベントの大忘年会。
      全国から楽しい仲間が勢揃い。
      準備が山ほどあるのでこの辺で。


      ヨシさん、近いうちに会おうね。




      それではステキな昼下がりを。
      ……光静……
      これ、私の大好きなノート達。




      陽だまりの中で昼寝してました。笑笑
      ノートをそばにおいて。
      どこまで好きやね〜ん。( ̄▽ ̄)





       

      おしょーにん * - * 14:24 * comments(0) * -

      小6の男の子が仏教を実践!大人達よ、負けるな!笑

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        瀧本です


        とても嬉しいお便りを頂いたので
        シェアしたいと思います。


        シングルマザーの彼女。
        以前から受験生の息子との葛藤を聞かせて
        もらっていました。


        久しぶりに法話会に顔を出してくれて
        (あれ?何だか透き通る美しさだなぁ)
        と思わず眺めました。


        帰り際、
        「先生に御礼をいいたくて」と。


        毎日一日中サロン動画を家で流していて
        小6の息子さんと一緒に観ている、と。


        僕もこの勉強会に行きたい、と
        小6の子が言ってくれているとのことで
        「うちの子、先生のファンですよ」と。


        ( ̄▽ ̄)わぁお!
        小さな男の子のファン。嬉しい。
        こまっちゃうな〜〜笑笑

        ………………

        先生、こんにちは。
        先日の法話会、本当にありがとうございました


        3月以来の出席でとても楽しかったです。


        いつも小6の中学受験を控えている息子と
        先生がラジオや法話会などで話している内容で
        息子にも取り入れてもらいたいことを
        シェアしていますので、昨日の法話会の帰り際に
        先生へ息子が実践していることを話した旨を
        息子に伝えたら喜んでいました。


        先生がゴルフの練習や
        ピアノを無意識でできるまで練習し続けると
        おっしゃっていたので、算数の苦手な息子に
        毎朝真剣に5問だけをやり続けるように約束し
        ました。


        それまでは20問近くある計算問題を
        【終わらせること】だけに意識がいっていたので
        正答率も悪く、本人もできないことの積み重ねで
        辛かったようでした。


        ですが今は5問中、4問くらいは
        正解するようになったのです。
        一つステップを踏めたように思っています。


        それと、先生がラジオで
        フェラーリのF40のお話をされていたときに
        息子に『希望している学校の生徒になっている
        としたらどんな感じだと思う?』
        と聞いてみたところ、


        (※欲しい、とか
        そうなりたい、と望むのではなく
        それを得た時、そうなった時の
        感情を先取りイメージすることが大事
        というお話しでした)


        『第一希望校の子は勉強もしっかりやって
        部活も頑張ってる人が多いと思う』
        と答え、希望校のパンフレットに顔写真を
        張り付けてイメトレしています。


        先生のお話してくださったことで、息子も
        受験生として自覚が芽生えてきているようです。




        ただ、私はシングルマザーで
        息子が私立中学に入学したら
        学費を払い続けるのは困難になるのは必至です。


        ですがチャレンジしたい、
        僕はできないからできるようになりたい、
        やると決めたからやり通したい!と懇願!


        その割に当初の成績はずーーっと低迷で、
        貯金を切り崩して塾へ行かせている私からすると
        納得いかず、勉強の姿勢に苛立って
        時に『これではお金をどぶに捨ててるのと一緒!』
        などと暴言を吐いたりしてしまっていました。


        そういう時に先生がラジオで
        大学の受験の話をしてくださり
        「願うだけでは意味がない。
        勉強、という行動をしなかったら
        どんなに願っても落ちる」


        と言われた言葉を息子が聞き、なんと、
        レゴブロック、ガンダムのプラモデル・漫画を
        すべて祖母の家に預けると本人が言い出して
        今我が家にはおいてありません。


        それと、話が飛んでしまいますが
        中学に合格しても学費の工面の問題上、
        進学が無理になることがあるかもしれないことも
        あり得る事を息子には説明しました。
        それでも挑戦したいという気丈な息子の意志に
        私はやる価値があるなと思えています。


        それでも不安定な職業で低収入な上、
        貯金を切り崩してお金のなくなる不安に
        何度も襲われましたが、
        私がめげそうになった時に先生が話してくださる
        仏法に何度も何度もたすけられました。


        結果はわかりませんが今まで我慢や色々な犠牲、
        挫折をたくさん親子で経験してきて
        心が育ったような気がしています。


        昨日のお礼だけお伝えするつもりが
        長くなってしまい申し訳ありませんでした。


        来年は逆視にも参加してみたいです。
        また新しい年にお会いできるのを
        楽しみにしています。
        いつもありがとうございます。
        …………


        心がホッコリするお便りでした。
        小学生がラ サロンライブを見て下さってるとは
        とても驚き!ハマってくれてるそうです。笑


        こんな小さな命が、自分の心を観て
        その心を集中させようとしている。
        素晴らしいですね。


        私たちは、時に八方塞がりだと感じ
        心が重く暗くなることがあります。


        けれど、それは塞がってしまったのではなく


        ほぉら、
        捉え方を進化させるタイミングが
        きましたよー




        という大きなメッセージ。


        お釈迦さまは

        「水に落ちて息ができなくなった時、
        初めて周りに空気があったことを理解する」


        と言われました。
        空気とは、機会であったり
        可能性とも捉えることが
        できるように思います。

        周りに無限の可能性に気付け、
        恐れずにチャレンジできる者で
        ありたいものです。

        素敵なお便りをありがとうございました。
        応援しています。
        ……光静……

         






         

        おしょーにん * - * 16:17 * comments(0) * -

        自分は大した存在じゃない。そしてスンゴイ役割がある、という真実。

        0

          瀧本です。


          こんなことがありました。
          大きめの最新のテレビを買って以来、
          毎晩機嫌よく映画を観ていました。


          ある日出張から戻って、入浴後
          いつものお楽しみタイム。


          ところがテレビが点かない。


          あれ?れれ?


          とリモコンの電池を調べたり
          コードが抜けていないかを調べたり。




          えー!なんでぇ〜




          機械音痴の私は、その他の調べる対象が
          分からず。諦めて夜の休息タイムは読書に
          切り替えました。


          翌朝も点かず。


          そしてカスタマーセンターへ電話。


          アナウンスに従い点検箇所をいじくる。


          すると、発見!


          テレビの裏にある、小さな小さなプラグ?
          (なんていうのか名称がわかんないですが)
          ほんの少しズレて?というか浮いていて
          それが原因でした。


          そもそもの設置が間違っていたそうな。笑




          バカな私には、なぜ映像が映るのかさえ
          構造はサッパリわかりませんが
          あらゆる機能が搭載されている高機能のテレビ。
          それが、小さな部位の手違いで
          うんともすんとも動かないことに感動しました。


          テレビが映らないことで感動するのも
          変ですが、小さな部品の役割の大きさに
          勇気をもらったのを覚えてます。笑笑


          …………
          <ご相談内容>
          先生、私は先生のようか取り柄もありません。
          なんの為に生きているのでしょう?
          やりたいことが見つからない。
          なんの役にもたっていない。
          何を励みに生きればいいのか。
          どうか言葉を下さい。漠然とした相談で
          申し訳ありません。
          ………………


          瀧本のような取り柄?
          それは何を指しているのでしょう?笑


          大声で笑うこと?
          自由人的な感じ?笑
          可愛いイラストを書 描くこと?
          仲間といつもたわむれていること?


          それぐらいしか浮かびませんが
          もしソレだとすると、それらは
          取り柄ではありませんよ。

          それらは私が単に選んだ生き方なだけ。


          何を選んで生きたらいいのか分からない時は
          他人の生き方を一時的に拝借
          したらいいのです。
          さ、今から大声で笑いましょう。
          ウォウ!簡単〜〜


          大自然は絶妙なバランスで動いている、
          と仏教は説きます。


          この大自然界のバランスを、ハッと
          気付いたのが、文頭のテレビの小さな部品の
          お話です。


          世の中には色んな人が色んな立場で存在します。
          華やかな世界にいる人、
          そうでない人、
          裏方役の人……




          私たちは
          好き勝手に人の立場を意味づけしていますが、
          あの小さな部品の不具合によって、
          高機能システム全てが動かなかったのです。


          テレビを観る時、我々は
          液晶画面という部位だけを見ています。


          けれど、それが作動するために、
          内部のごちゃごちゃした配線は
          無駄なく見事なバランスでつながり
          それぞれの役割を果たしてる。


          そこに配置されているだけで充分な仕事
          をしているのです。




          一言でいうなら
          人生をあまり大げさに見るのは間違いです。


          一人が社会に貢献できるのはほんとに微量。
          微々たるもんです。
          けれど、そうでありながら大切な部品で
          あることも事実です。


          やりたいことが見つからない、という相談は
          たくさんお預かりしますが、
          いつもお伝えするのは二つ。


          私は何でもできるスゲ〜人間!
          と自惚れているとき、何をするべきかを
          見失ってしまいます。


          反対に、自信がなくなっているときも
          不安に襲われ進めなくなる。


          自信過剰者と、そうでない人。
          この極端性にハマってしまうと
          何をするべきか分からなくなるもの。


          事実、夢大きくワクワクしていても
          実際にできることは小さいものです。


          ならば、
          自分はこれくらいならできるぜぇ〜の
          範囲で楽しんでみる。


          これくらいならできる、という守備範囲は
          誰でも知っているものです。


          私は勉強はサッパリできませんが
          仏教が大好き。


          仏教は難しい学問ではあるけれど、
          全てを理解しようなど思っていません。


          この程度なら、楽しんで学んで
          楽しんでお伝えできるぞォ〜の範囲で
          背伸びせず大笑いしながら
          お勉強会を開いています。


          私はテレビの裏の小さな部位でいいと
          思っています。


          けれど、なかなかど〜〜して!


          小さな部位が外れてしまうと
          主役の液晶画面が映らない!
          どうですー?
          カッチョいいじゃないですか?笑笑


          ともすれば、全てが主役。
          ヒャ〜〜!カッチョいい!


          まずはこのポイントを気持ち的に
          受け入れて下さい。


          受け入れた後はどうするのさ!と
          急がない急がない。


          受け入れた心は次の何かを考え始めます。
          留まった心は同じ思考を繰り返しますが
          ほんの少し、ステージを変えてあげると
          新たな思考が生起するものです。




          さて、と。


          今日も配置された自分の場所で
          自惚れず、否定せず
          自由人として、一人でバカ笑いをしながら
          過ごそうと思いま〜す。( ̄▽ ̄)


          耳を澄ませておいてね。


          遠い大阪の地から、瀧本のゲラゲラ笑いが
          波動となって届くかも?です。


          それではステキな一日を!
          ……光静……
















           

          おしょーにん * - * 10:56 * comments(0) * -

          無益な言葉ほど魅力を感じる

          0

            瀧本です。


            お釈迦さまの言葉を。


            (自分の言葉じゃないけど
            自分が書いたのでサインしちゃいました)
             

             




            無益な言葉、千よりも
            聞いて心静まる有益な言葉が
            一つのほうがいい。


            届く方へ、届いて欲しい。この言葉。


            私の愛する弟子たちが、
            この言葉を想いのままに、
            リブログしてくれるでしょう。


            私からは一つだけ…

            あなたの心の声。
            あなたの体が伝える声に
            耳を傾けて下さい。


            頭で考える思考は
            過去に従った「慣れ親しんだ他人からの指示」
            です。

            このような「お母さん」が
            ステキなお母さんだ、と。

            ちょっと伝わりにくい表現かな?


            今の状態を忌み嫌わないで。
            そのまま受け入れてあげて下さい。


            その体調不良は、霊障なんかじゃない。
            精神科など行かなくていい。
            あなたはダメな人なんかじゃない。




            病院にいって検査しても何もなかったのでしょ?
            X線に影もなかったのよね?


            あなたの体は、
            そこまでの手を打っていないのです。


            頑張りすぎたあなたを休めるために
            「体調不良」というシグナルを送ってる。


            聞き入れてあげて下さい。




            私もそうでしたから、よくわかります。




            出来ていたことが出来なくなって
            車の運転さえも出来なくなったのよね?


            それさえも、させたくなかったのです、
            あなたの体はあなたに。


            近いうちに会いましょう。
            大丈夫。会えます。大丈夫。

            今夜は冷えます。
            ぬくぬくして休んでね。
            ……光静……
            勇気を持って真解に申し込んでくれて
            ありがとう。


            先程、
            突然の私からの電話にビックリさせましたね。







             

            おしょーにん * - * 19:32 * comments(0) * -

            苦の発生地点と解決地点は同じ、ということ

            0

              瀧本です。


              お久しぶりです。こんばんは。
              緊急に答えを下さいーー!とのご相談が。
              なので、お風呂の中から更新です。笑
              のぼせちゃわないようにしなきゃ。( ̄▽ ̄)


              携帯をジップロックに入れて映画を観てました。
              映画を中断してお返事を。笑笑


              ご相談をまとめるとこんな感じです。
              ………………
              雄弁に話をする人を見て、とても憧れる。
              どうすればあのように出来るのか。


              場の空気を読んで、スムーズな対応を
              する人を見て、私には出来ない、と落ち込む。


              上手に人の話を聞いている人を見ると
              (あぁ、私にはあのような対応は出来ない)
              と羨ましく感じる。


              先生、人間力というのは、どのようにすれば
              身につけられるのでしょうか?


              同年代(50代)で美しさを保ってる人を見ると
              自分の姿がとことん老いて見える。


              思考がマイナスばかりで、こんな自分を
              変えたいのです。嫉妬を感じる心をなくすには
              どうすべきでしょうか?
              …………


              誰もが感じること。


              上手にお話をする人をみて、
              あぁ、なんて気持ちいい話し方なんだろう!
              あんな風にできたらいいなぁ〜……


              場を爽やかにまとめる人をみて
              あぁ、なんて細やかな気配りができるのだろう
              素晴らしいなぁ〜〜


              誰もが感じることです。


              そう感じることに自己否定をする必要など
              一つもなく、むしろ、向上心の表れ。
              素敵な感情だと思いますね。


              私こそ、いつもそう思ってます。
              表現豊かな人と出会うと、
              わぁお!素晴らしい!と感動します。


              いいなー!いいなー!素晴らしいなー!と。


              タマさん(ご相談者のペンネーム)以上に
              いいなあーー!と騒いでいると思います。


              他人の優れている箇所をみて
              いいなーと感じること、
              ここまでは一緒ですね、タマさん。




              そして、ここらか展開の相違があります。


              タマさんは、自分より優れている人をみると
              あぁ、自分はダメだな、と自己否定。




              私は、自分より優れている人をみると
              あぁ!なんてラッキーなんだ!と自己肯定です。


              自分より優れている人をみて、自己否定?
              なんじゃそりゃ??と思いますよね。笑


              答えはシンプルです。




              目の前に
              質問できる人が
              現れてくれたからです




              なんとラッキーな人生でしょう!


              今、目の前に
              私には出来ないことをサラリとしている人が
              まさに現れてくれたのです。


              こんなラッキーなことはない!




              そう。


              質問できるのです。


              どうすればそうなれるのか。
              何を意識しているのか。




              分けてもらえる機会が
              目の前にあるのです






              私はその方をロックオンして
              徹底的に質問します。


              教えて〜〜!と質問ぜめにします。


              当然、相手の方は快くお話ししてくれる。


              私はノートを開いてカキカキカキカキ。




              わかって頂けたでしょうか?




              タマさんは、その対象ではない「瀧本」に
              後からまとめて相談をされています。


              もちろん、それも一つの向上心ではあるけれど
              その感情は、瀧本をみて生まれたものじゃない。




              肝心なのは、
              いいなぁ、という感情が生まれた「場所」こそが
              コツを獲得できる最高の場所だ、ということ。




              嫉妬や悲しみが生まれた場所こそ
              その答えを獲得できる場所。


              質問するのです。
              ニッコリ笑って、教えて!と聞くのです。
              家に持ち帰る必要などないのです。


              嫉妬を感じる心をなくすべき?


              とんでもないですよー。
              嫉妬、という解釈を改めて、
              伸び代を発見した!と捉えてみる。




              そして、伸び代を伸ばしてくれるのは
              目の前に現れてくれた、対象の人です。


              その人から感じたのなら、その人へ聞く!




              「いや、瀧本流を聞かせてほしかってん」と
              思ってくださっていたなら、それはまた。
              そんなことよりもっと大事な姿勢は
              その本人へその場で聞く、ということ。




              もう一度お伝えします。




              人を見て、(いいなぁ)と感じたら




              なんてラッキーなんだ!私は!
              です。なぜなら


              わぁお、師が目の前に現れてくれた!
              からです。




              仏教では
              苦しみの発生地点と
              解決法の発見地点は同じ


              と教えられます。


              苦しみを感じたとき、周囲をよく見て。
              解決の道はそこにあるのです。




              はぁ〜。
              ここまで書くのに15分かかりました。
              のぼせてきた。笑笑


              なので、この辺で。( ̄▽ ̄)あっ〜〜


              いつもなら、内容にちなんだ書を
              貼り付けるのだけど
              お風呂の中なので、またの時に。


              それでは素敵な夜を。
              ……光静……




              あ、



              同年代(50代)で美しさを保ってる人を見ると
              自分の姿がとことん老いて見える。


              とも書かれてましたね。


              弾けるような笑顔は
              何歳になっても美しいものです。




               

              おしょーにん * - * 20:50 * comments(0) * -

              =帰国しまーす=

              0

                色んな学びがあったハワイ。
                帰国します。




                小さな命とお友達になった。
                みんな、生きるために必死。
                命がけで食べ物を探してる。


                ビーチに来る前、カフェで残したパン、
                思い出すととても心が苦しくなった。




                ちょっとハワイに行きたいねん、と
                数ヶ月前にポロリと話すと
                じゃあ行きましょう、と
                日程を合わせてくれた弟子たち。
                ありがとう。






                では、帰国したら、
                また更新します。

                おしょーにん * - * 07:43 * comments(0) * -

                生きる時間軸を変える、ということ

                0

                  瀧本です。


                  間も無く名古屋。




                  内容は様々。
                  辛くて悲しくて……とのご相談が数件。


                  今朝は一言だけ。もう到着なので。


                  よけ噛み締めて読んで。


                  さ、時間軸を変えてみよう。
                  過去の犠牲者として生きるか
                  未来の創造主として生きるのが。


                  あなたが決められるのです。


                  ……光静……



                   

                  おしょーにん * - * 09:38 * comments(0) * -

                  真実は自分の目で見る!ということ

                  0

                    瀧本です。
                    おはようございます。




                    自分の目で見よ




                    という言葉が目覚める直前のメッセージだった。


                    こりゃ何かあるな?とメモに残して
                    朝の大切なルーティンを始めた。




                    ズキズキ痛む右肘はなかなか治らず
                    今では洗濯物のタオル一枚すら
                    持つことができない始末……




                    もうじき海外にも行くし、
                    私の名前が冠になっているKOSEIカップという
                    コンペも間もなくなのにえらいこっちゃ…




                    先日、友人から
                    ひょっとしたら骨の異常で手術が
                    必要なレベルかもしれないから、一度
                    病院でちゃんと検査した方がいいのでは?
                    と言われたのを思い出した。




                    病院、行ってみよう




                    庵から近い整形外科を検索。
                    通院が必要になった時に便利なように
                    「近さ」を選択の指針にした。


                    ヒットした数カ所の病院のサイトを見ると
                    パッとするような病院はなかったけれど
                    徒歩10分の距離に一つあった。


                    ジョギングでも通ったことのない
                    込み入った住宅街の路地裏に位置してる。




                    口コミ件数、多いじゃん!と読んでみると
                    二度といかない!
                    なんだこの病院は!みたいな文章が並んでいた。
                    (えー?そっち方向の口コミかぁ…)


                    と、他の病院のサイトへ移動して調べなおした。




                    人間とは不思議なもので、
                    口コミが気になりだすと、その情報で
                    真実を知ったような気になる。


                    列が出来ているラーメン屋は、大して
                    美味しくなくても美味しく感じるのと同じ原理。


                    脳が認知的節約を作動するために起こる
                    心理作用だ。人の意見に乗っかっておけば
                    脳は調査せずにすむので楽できる。


                    色々調べるうち、
                    何がいいのかわからなくなったので

                    まぁ、命に関わる痛みでもない、の思いで
                    リサーチの指針にした「近さ」を重視し
                    どことなく気が進まないながらも
                    最初にみたサイトの病院に行くことにした。



                    Googleマップがなければ到着できない
                    車一台通るのもやっとのような路地裏に
                    病院はあった。とても古びていて、営業してる?
                    と不安になる入り口。ほんとにオンボロ。


                    カルテを書いて待合室の椅子に座るも
                    椅子の数が少なすぎて、
                    高齢の方々が立って待つ始末。
                    私一人が席を譲っても全く意味が無かった。

                    患者さんはかなりの高齢の方々。


                    1時間待ちと言われたが
                    勉強セットを持参してるので1時間など楽勝。


                    その時、気づいた。というか見えてきた。
                    ここの待合室、学びの場だ、と。


                    (何年前に書いたのだろう)
                    色があせ、破れながらも張り直しは
                    されてないいたるところにある張り紙。




                    「杖に数字の札をつけておくと
                    大切な杖を間違えなくて安心です」


                    と、巨大な文字が杖置き場に。
                    言葉のセンスがいい。
                    ゴムで数字札を腕に通しておく仕様。
                    優しい。




                    診察券を入れる箱と
                    リハビリ予約券とを間違えない工夫も
                    キラリと光ってる。こりゃ間違えないぞ。


                    スタッフの方の話し方もいい。
                    とても大きな声で、かなりスロウ&クリア。
                    (あれを一日中。肺活量いるやろなぁ)
                    と敬意をはらってしまう。


                    エレベーターの上下のボタン。


                    あがる


                    さがる



                    とA4用紙にドカンと書いてある。
                    わかりやすい。



                    ワクワクしてきた。素敵な空間。
                    私は紛れもなく最年少患者だ。
                    そして、いつか必ずこれらの気配りに
                    守られながら通院する日が来る。


                    そこへ初来院の患者が入ってきた。


                    キョロキョロと周りを見渡し、
                    私が今ここで説明した張り紙などを見て
                    「何ここ?やっぱり高齢者向けの病院やんか」
                    と言って出ていった。

                    その人には見えなかったのだ。
                    院内に散りばめられた慈悲が。

                    ある言葉を思い出した。


                    子を叱るな、己が来た道。
                    老人を笑うな、いずれ行く道。



                    瀧本さーん、こうせいさーーん
                    と呼ばれたので、
                    さっきの人を呼び止めようとした心は
                    一旦しまいこんで、診察室にはいった。




                    70代半ばの先生。
                    手際のいいリズムあるインタビューが続いた。
                    早口。
                    50代の私に合わせたスピーディな会話だ。


                    「瀧本さん、ハキハキと気持ちいいね。
                    人前で話す仕事か?」
                    はい、講演家です、というと
                    素早く横にあるPCで私の名前を検索して発見。


                    「仕事での移動の際、
                    キャリーバッグばかり使ってるね?」




                    キャリーバッグとは、
                    後ろに引いて歩き、そして立ち止まる際、
                    バックを体側に引き寄せる動作を繰り返す。
                    それはまさに
                    テニスでラケットを振り回しているのと
                    全く同じだ、という。


                    「ということで、
                    瀧本さん、毎日テニスプレイしてるんやで。
                    そら、痛めるわ!」


                    と、気持ちいい説明をレントゲン結果と共に
                    伝えてくれる。


                    「ジョギングしてるね?1日何キロ?」
                    この質問にも驚いた。


                    足の筋肉が年齢にしては見事だ、と。


                    「ジョギングは続けて。でも腕は鍛えられない。
                    かなり駆使してるから休ませること!
                    書をかくのは問題ないからね。
                    とりあえず、ゴルフはできるようにしとくわ」


                    魔法のような会話だ!んー、気持ちいい!
                    ササっとブログを回覧したようだ。
                    スピード感が溢れる。


                    腕に注射をするために別室へ。
                    次の患者さんと入れ替わった途端
                    「きょうは、どぉされましたかぁー」
                    と、超スローでボリューム最大のトークに
                    早がわり。


                    私の心は楽しくて嬉しくてワクワクマックス。
                    プロだ。

                    注射をもってきた先生は笑顔で私にいう。
                    「注射、痛くないからねー、
                    今日から別世界になるで〜。痛み止まるで〜」


                    ブスッ




                    チョ〜痛い。マジ痛いー。笑笑
                    「先生の嘘つき〜!いででででぇ〜〜」


                    心は痛くないやろ?
                    はい、これでまた頑張れるで!


                    と、また次の患者さんのところへ消えて
                    行かれました。素晴らしい……




                    口コミサイトに星100個つけたくなった。




                    自分の目で見よ





                    ここになって朝のメッセージがよくわかった。




                    youtubeやSNSにある、イイねボタンと
                    その反対の批判用の、良くないねボタン。


                    良くないねボタンを押す人口が
                    群を抜いて最も多いのは日本人である、という
                    調査結果がある。

                    良くない、と思ったら二度とそれを
                    見なければイイだけなのに、わざわざ見て
                    わざわざ押すか?と理解ができない。


                    そして、その無責任な情報で
                    私たちも判断しがちな一面がある。


                    ある一面だけで決めるのは人生を損する。




                    人間関係もしかり。




                    前後の流れをくまず
                    一面だけをみて、さも全てを見たと思うは
                    最も愚かな行いである。釈尊



                    最初、
                    この病院のサイトの口コミを見て
                    心のどこかで低評価した私はまさに愚か者代表。


                    目がさめるような学びだった。


                    今、腕は全く痛くない。


                    改めるべき心の闇はまだまだある。
                    自分の闇を見つけたようでとても嬉しい。


                    私もあの先生のような人でありたい、
                    心の底から感謝した。


                    さて、と。今日もいい一日になりそうだ!
                    日々、上書き保存される気付きを大切に、
                    進化できる1日を歩みたいと思う。

                    自分の目で見る!
                    まさに自灯明だ。


                    それでは自分を拠り所にしたステキな一日を!
                    ……光静……


                    年末の大忘年会の申し込みが
                    スタートしています。(^^)
                    忘年会を「はじめまして」の場にして下さっても
                    大丈夫ですよー。ぜひお越しくださいね!


                     

                    おしょーにん * - * 09:39 * comments(0) * -

                    責任、とは〇〇能力のことだった!

                    0

                      瀧本です。


                      瀧本の最近のマイブームは「責任」
                      以前にも書きましたが、
                      より一層思考を深めることで
                      面白いことに気付きました。


                      それが、「責任」とは「創造性」である、
                      ということ。



                      責任、は創造性!




                      よかったら、このマイブーム、
                      真似ちゃって下さい。(^^)




                      もし、あなたがある人や状況に対して
                      苛立ったり、傷ついたりしたとき
                      心の中で何が起きているのか。
                      どんな解釈がなされているのか。


                      それは




                      なぜ私がそのようなことを
                      言われなきゃならないのか!






                      私に関係のないことなのに
                      なぜこんな思いをさせられるのか




                      このような感情により
                      苛立ったり傷ついたりしているはず。




                      つまり、
                      その状況に対し、自分には
                      全く関係性はない



                      と認識しているということ。


                      責任は無い!


                      無、責任!


                      無責任!です。




                      ところが、その「無」を外し
                      「責任が有る」へ解釈をスライドしてみると
                      とても素敵なことが起こります。


                      =この件に関して多少なりとも自分に責任がある=




                      責任とは、何を意味するのでしょう。


                      責任とは、今置かれている状況に対し
                      誰に対しても非難せず、受け入れた上で


                      その状況に対する創造的な
                      思考をする能力
                      を意味します。





                      仏教では、
                      全ての出来事は、好機への導きであり
                      望まぬことに見えたとしても
                      全て好機へ繋がるために起こる、
                      との解釈があります。




                      私には関係がない、と解釈している時ほど
                      関係がないのになぜこんな仕打ちに……
                      と怒りや悲しみが湧き上がりますが


                      責任を内側へ持ち込んで血みると、


                      「ふむふむ。確かに、私にも多少の責任はある。
                      ならば、望ましい状況になるように
                      どこをどのように進化させようか。
                      どのような手があるか」


                      と創造性が高まってきます。




                      信頼している人からどんな言葉が出てきても
                      (あぁ、こう言わせてしまう責任が
                      きっと私のどこかにあるのだな)と
                      責任として受け取ってみると
                      傷付くどころか、関係性が向上できる好機として
                      創造がはじまる。
                      ( ̄▽ ̄)スバラシイー




                      ところが「無責任」でいると
                      なぜこんなことを…
                      ひどいじゃないか〜!と
                      自ら傷付いてしまい関係性はもっと拗れる。




                      自分の人生に責任を取る、とは


                      まさに


                      自分の人生を創造する、
                      ということなのです






                      そんな解釈で、今日一日の出来事を
                      じーっくり観察してみて下さい。




                      全てに責任をのせてみると
                      周りの全ての環境に対し
                      独創的な創造性が働き出します。




                      物事から距離をおいて
                      私には関係ない、という態度の方が
                      なんだか楽チンなんじゃね?と
                      解釈されがちなのですが、
                      東洋思想はその反対!




                      関係性があるぜぇ。
                      ちと、責任があるんじゃねぇか?


                      と、出来事の責任を内側へ引き寄せると
                      苛立ちも起きませんし
                      その出来事を好機にしようと
                      創造性が働き出す。




                      責任とは
                      創造性な応答をする能力のこと。


                      ワクワクしますね。(^^)


                      さて、と。今日は何が起こるかな?

                      アイラブ人生創造


                      ともすれば


                      アイラブ責任
                      ですね。( ̄▽ ̄)わーい



                      どんなことでも、
                      自分にも何らかの関わりがあるはずだ、の志で
                      歩みたいと思います。


                      それではステキな一日を!

                      沖縄より更新でして!では!
                      ……光静……

                       

                      おしょーにん * - * 09:23 * comments(0) * -
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